今月の判例コラム

親族間での名義貸し 最高裁第一小法廷平成30年12月17日判決

1 はじめに

 最高裁判所は、平成30年12月17日、Aが運転する自動車に追突されて傷害を負った被害者ら(上告人ら)が、本件自動車の名義上の所有者兼使用者であるAの弟B(被上告人)に対して、自動車損害賠償保障法3条に基づき損害賠償請求をした事案において、これを否定した原審の判断を覆す判決(破棄・差し戻し)を言い渡しました。
 親族間での安易な名義貸しが、重大な法的リスクを負担する危険性があることを示す実例として、今回のコラムでご紹介させて頂きます。

2 事案の概要

平成22年10月以降 Aは、同月以降生活保護を受けていました。
平成24年3月頃 Aは、自動車を購入することにしましたが、自己の名義で所有すると生活保護を受けることができなくなるおそれがあると考え、弟であるBに対して名義貸与を依頼し、Bは、これを承諾しました。
同月下旬 Aは、本件自動車を購入し、所有者及び使用者の各名義をBとしました。
平成24年10月 Aは、岡山県倉敷市内において、自己の運転する自動車を、被害者らが同乗する自動車に追突させる事故を起こしました。被害者らは、本件事故により傷害を負いました。
事故当時 BとAとは、事故当時、住居及び生計を別にし、疎遠でもありました。Bは、Aの自動車を使用したことはなく、その保管場所も知らず、自動車の売買代金、維持費等を負担したこともありませんでした。

3 争点

 裁判では、Aに名義を貸与しただけのBが、自動車の運行について、自動車損害賠償保障法3条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」(以下「運行供用者」といいます。)に当たるか否かが争われました。

4 原審と最高裁の判断

(1)原審の判断

 原審は、上記事実関係の下において、Bは、単なる名義貸与者にすぎず、Aの自動車の運行を事実上支配、管理していたと認めることはできないから、運行供用者に当たらないと判断して、被害者らの請求を棄却しました。

(2)最高裁の判断

 これに対して、最高裁は、
 「前記事実関係によれば,被上告人は,Aからの名義貸与の依頼を承諾して,本件自動車の名義上の所有者兼使用者となり,Aは,上記の承諾の下で所有していた本件自動車を運転して,本件事故を起こしたものである。Aは,当時,生活保護を受けており,自己の名義で本件自動車を所有すると生活保護を受けることができなくなるおそれがあると考え,本件自動車を購入する際に,弟である被上告人に名義貸与を依頼したというのであり,被上告人のAに対する名義貸与は,事実上困難であったAによる本件自動車の所有及び使用を可能にし,自動車の運転に伴う危険の発生に寄与するものといえる。また,被上告人がAの依頼を拒むことができなかったなどの事情もうかがわれない。そうすると,上記2(3)のとおり被上告人とAとが住居及び生計を別にしていたなどの事情があったとしても,被上告人は,Aによる本件自動車の運行を事実上支配,管理することができ,社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視,監督すべき立場にあったというべきである。したがって,被上告人は,本件自動車の運行について,運行供用者に当たると解するのが相当である。
 以上によれば、被上告人は運行供用者に当たらないとして上告人らの請求を棄却した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、上告人らの被った損害について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」
 と判示しました(※上記「 」内は判例をそのまま引用しております。)。

5 検討

 運行供用者に当たるか否かについては、「運行支配」と「運行利益」の2つの要素から運行供用者性を判断する「二元説」が判例・通説とされています。
 そして、運行支配があれば責任を負う理由として危険責任(危険を発生させるものを設置、支配、又は管理している者は、そこから生じた権利侵害についての責任を負うべきという理論)が説かれており、他方、運行利益があれば責任を負う理由として報償責任(利益のあるところに損失を帰せしめるのを公平とする理論)が説かれています。
 本判決は、今回の名義貸与について、「事実上困難であったAによる本件自動車の所有及び使用を可能にし,自動車の運転に伴う危険の発生に寄与するものといえる。」と自動車保有に至る出発点に積極的に関与したことを重視して、上記の運行支配の観点からBが運行供用者に該当するとの判断を示したものであり、このようなケースにおける重要な事例判断といえます。
 なお、本判決は、運行利益には特に言及していませんが、BはAの弟であること等からすると、抽象的な意味では利益を得ていると判断することも可能であり、運行利益についても肯定する余地のある事案であったように思います。

6 最後に

 当事務所は、企業法務を取り扱う中堅の法律事務所ですが、顧問企業の役員・従業員の方々の親族間のトラブル解決等についても、事務所開設以来、積極的に取り組んでおり、豊富な実績と経験を有しております。
 何かお困りのことがございましたら、是非、お話をお聞かせ頂ければと思います。以下の下線の弁護士名をクリック頂き、お問い合わせフォームよりご連絡頂ければ幸いです。

 (担当弁護士 金子典正/同 原野二結花