今月の判例コラム

危険運転致死傷罪における共同正犯 最高裁第二小法廷平成30年10月23日決定

1 はじめに

 危険運転致死傷罪は、飲酒運転などの悪質で無謀な運転による重大事故への罰則を強化するため、2001年施行の刑法改正で新設され、その後、2013年に公布された「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」に独立して規定されることとなった犯罪です。
 これまで、危険運転致死傷罪において2人以上が共同して犯罪を実現する共同正犯が問題となった事例は多くありません(共同正犯の詳細については、後述します。)。
 また、本件では、最高裁判所が、形式的理由のみで上告を棄却するのではなく、危険運転致死傷罪における共同正犯の成否について、敢えて職権で判断を示しています。

 そこで、個別の事件に関する事例判断ではあり、また、専門的な法的議論を含みますが、今回のコラムで概略を簡単にご紹介させて頂くことに致しました。

2 事案の概要

  • 被告人は、信号機により交通整理が行われている交差点(以下、「本件交差点」といいます。)を自動車で直進するにあたり、Aと互いの自動車の速度を競うように高速度で走行していた。
  • 本件交差点に設置してある本件信号機が赤色を表示していたにもかかわらず、被告人とAが運転する自動車が交差点内に進入し、Aが運転する自動車(以下、「A車両」といいます。)は、B運転の自動車に衝突した(以下、「本件事故」といいます。)。
  • 本件事故によって、B運転の自動車に乗車していたB、C、D及びEを死亡させ、同自動車に乗車していたFに加療期間不明のびまん性軸索損傷及び頭蓋底骨折等の傷害を負わせた(ただし、被告人が運転する被告人車両も、本件事故の衝撃で車外に放出された1名をれき跨、引きずるなどしている。)。

3 関係法令

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律
(危険運転致死傷)※一部抜粋
 第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は、一年以上の有期懲役に処する。
 五号 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為

4 争点

 上記のとおり、被害者であるBらの死傷の結果の多くは、Aが運転するA車による衝突行為に起因するものであるところ、被告人に、A車による死傷の結果を含めて、危険運転致死傷罪における共同正犯が成立するのか(Aと同等の犯罪が成立するのか)が問題となりました。

5 最高裁判所の判断(判旨の抜粋)

 被告人とAは、本件交差点の二㎞以上手前の交差点において、赤色信号に従い停止した第三者運転の自動車の後ろにそれぞれ自車を停止させた後、信号表示が青色に変わると、共に自動車を急激に加速させ、強引な車線変更により前記先行車両を追い越し、制限時速六〇㎞の道路を時速約一三〇㎞以上の高速度で連なって走行し続けた末、本件交差点において赤色信号を殊更に無視する意思で時速一〇〇㎞を上回る高速度でA車、被告人車の順に連続して本件交差点に進入させ、前記一の事故に至ったものと認められる。

 上記の行為態様に照らせば、被告人とAは、互いに、相手が本件交差点において赤信号を殊更に無視する意思であることを認識しながら、相手の運転行為にも触発され、速度を競うように高速度のまま本件交差点を通過する意図の下に赤色信号を殊更に無視する意思を強め合い、時速一〇〇㎞を上回る高速度で一体となって自車を本件交差点に進入させたといえる。

以上の事実関係によれば、被告人とAは、赤色信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する意思を暗黙に相通じた上、共同して危険運転行為を行ったものといえるから、被告人には、A車による死傷の結果も含め、法二条五号の危険運転致死傷罪の共同正犯が成立するというべきである。

6 検討

 刑法60条は、「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。」として、共同正犯を規定しており、共同正犯に該当する場合には、自ら実行しなかった行為から生じた結果についても刑事責任を負うことになります。
 通常、共同正犯が成立するためには、共犯者間に、共同実行の意思と共同実行の事実が存在する必要があるとされています(実行共同正犯といいます。)。

 もっとも、実行行為を実際に分担しない共謀者(一定の犯罪を行おうと合意した者)にも共同正犯が成立することは、過去の判例上、確立しているといえ、これを共謀共同正犯といいます。
 例えば、最高裁判所は、暴力団の幹部とその者のボディーガードらについて、実際に拳銃を所持していたのは、ボディーガードらでしたが、ボディーガードらが拳銃を所持していることを確定的に認識しながら、それを受け入れて認容していた暴力団の幹部にも銃刀法違反の共謀共同正犯の成立を認めています(最高裁第一小法廷平成15年5月1日決定)。

 そこで、本件では、共謀共同正犯が成立するのか、あるいは実行共同正犯が成立するのかが注目されました(なお、被告人自身は、明示的な意思の連絡がない限り、危険運転致死傷罪の共謀は認められない=共謀共同正犯は成立しないなどと主張しました。)。
 最高裁判所は、本件を被告人とAとが、赤色信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転した行為を実行行為と捉えた上で、当該行為をする意思を暗黙に了解した上、共同して危険運転行為を行ったと判断しており、本件を共謀共同正犯ではなく、実行共同正犯と捉えているものと考えられます。

 上記判断について、本件では、赤信号を殊更無視して本件交差点に進入することについての明示的な事前共謀があった事実等もないことから、Aの行為のみを実行行為として、被告人を共謀のみで共同正犯とすることは難しい事例であったことが背景事情としてあったものと考えられています。
 その上で、最高裁判所は、「被告人とAが時速100kmを上回る高速度で一体となって本件交差点に進入した」と事実認定しており、実行共同正犯と捉えるにあたり、被告人とAの行為の「一体」性を重視していることが伺われます。
 上記判断については、一体性を重視することで、被害者の死傷の結果に直接的に影響を及ぼしていない被告人を正犯とすることの実質的な理由付けとしているものと考えられます。

7 参考文献

 判例時報2405号・100頁

8 最後に

 自動車運転に関する犯罪は、近年厳罰化の傾向にあり、今般、話題となっているあおり運転についても、処罰規定の新設を含む道路交通法の改正が議論されているようです。
 当事務所は、企業法務を取り扱う中堅の法律事務所ですが、刑事事件対応についても、事務所開設以来、積極的に取り組んでおり、豊富な実績と経験を有しております。
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 (担当弁護士 金子典正