知財コラム

オリンピックの広告規制の概要 
~アンブッシュ・マーケティング(便乗商法)とは~

1 はじめに

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催まであと8か月を切りました。
 企業の広報担当者の皆様であれば、この機を捉えて、自社にとって効果的な宣伝活動に結び付けられないかという問題意識をお持ちのことと思います。

 本コラムでは、オリンピック(パラリンピックについてはオリンピックに含めて説明させて頂き、パラリンピックに特有な事情については割愛させて頂きます。)を中心に、知的財産権の保護の観点から、広告・宣伝活動にはどのような規制が存在するのか、アンブッシュ・マーケティングとは何かという基本的な部分をご説明させて頂きます。

2 オリンピックの広告規制の趣旨

 オリンピックのマーケティングの基本は、国際オリンピック委員会(以下、「IOC」といいます。)などの運営組織が保有する知的財産権について、独占的にスポンサー企業に提供し、その対価として協賛金等の収入を得ることにあります。
 そのため、上記運営組織は、オリンピックマーク等の無断使用、不正使用等を許せば、スポンサー企業等の参加意欲を失わせ、大会運営のための財政基盤を損なうとの強い危機感を持っています。

 そこで、上記運営組織は、商標権、著作権等の知的財産権の直接的な侵害行為のみならず、いわゆるアンブッシュ・マーケティングについても、厳しく取り組んでいく姿勢を示しています。

3 アンブッシュ・マーケティング(便乗商法)とは

 アンブッシュ・マーケティングとは、日本では便乗商法と訳されるものです。
 一般的な定義としては、オリンピックやワールドカップなどのイベントにおいて、公式スポンサー契約を結んでいないものが無断でロゴなどを使用し、あるいは会場内や周辺で便乗して行う宣伝活動をいうとされています。
 この点、IOCは、「オリンピック、オリンピックムーブメント、IOC、開催国のオリンピック委員会又はオリンピック組織委員会と、許諾なく又は不正な関連を発生させる(商業的なものであるか否かは問わない)個人又は組織による試み」と定義しております。

 上記ICOの定義では、アンブッシュ・マーケティングとして、公式スポンサー以外の第三者が許可なく運営組織と何らかの関連性を生じさせる活動をすることと解釈することが可能であり、当該解釈によれば、かなりに広範な行為態様を対象としている点に注意が必要です。

 ご参考までに、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が提示する「Brand Protection Guidelines 大会ブランド保護基準」をご紹介いたします。
上記によれば、「目指せ金メダル」、「ロンドン、リオそして東京へ」、「2020へカウントダウン」といった用語を用いてオリンピック・パラリンピックのイメージを流用することもアンブッシュ・マーケティングにあたり、禁止されるとしています。

4 広告規制

 オリンピックに限らず、一般的に広告に関して保護の対象となる知的財産権としては、商標権、不正競争防止法により保護される権利、著作権等が挙げられるかと思います。

  1. 商標権
     IOCを含む運営組織は、各国でオリンピックという文字、五輪のマーク、スローガン等の多数の商標権を有しており、我が国における登録状況は、特許庁の特許情報プラットフォームで確認することが可能です。
     上記商標権を侵害する態様の広告を行えば、損害賠償請求や刑事罰の対象となる可能性があります(商標法78条)。
     ただ、商標権について侵害となるのは、指定商品もしくは指定役務と同一または類似の商品もしくは役務について、登録商標と同一または類似の標章を使用する場合であり、かつ、その標章を商標として使用する場合に限られます。
    そのため、そもそも、商標として登録していないロゴやマークといった標章は、当然のことながら、商標権侵害に該当しません。
     さらに、詳細は紙面の関係上割愛しますが、仮に登録された商標と同一または類似の標章を使用していたとしても、それが商標として使用する場合に該当しなければ、商標権侵害とはならないと考えられています。
  2. 不正競争防止法により保護される権利
     商標権侵害にならないとしても、不正競争防止法との関係も検討する必要があります。
     すなわち、商標として登録していないロゴやマークといった標章であっても、それが、世間に広く知られたものは不正競争防止法2条1項1号(周知表示混同惹起行為)により、著名なものは同法2条1項2号(著名表示冒用行為)により、不正競争防止法の保護を受けることになります。
     不正競争防止法では、保護の対象となるロゴやマークといった標章を商品等表示と定義しますが、商品等表示を侵害する態様の広告を行えば、損害賠償請求や刑事罰の対象となる可能性があります(不正競争防止法21条2項1号、2号)。
     ただ、商標法での問題と同様、仮に同一または類似の標章が使用されたとしても、それが商標等表示としての使用に該当しなければ、不正競争行為にならないと解されています。
  3. 著作権

     また、IOCを含む運営組織は、大会で使用される聖火トーチ、メダルの形状そのものや、過去を含むオリンピックの画像、映像に関する著作権等を保有していると考えられ、当該著作権を侵害する態様の広告を行えば、損害賠償請求や刑事罰の対象となる可能性があります(著作権法第119条)。
     もっとも、アンブッシュ・マーケティングとの関係では規制の範囲が限定的であり、例えば、一般にアンブッシュ・マーケティングの1つとされる、イベント会場・競技場やその付近で商品の販売や広告の表示をすることについては、著作権法を適用することはできません。

5 アンブッシュ・マーケティング規制法(特別法)

 前述したとおり、我が国において、先に述べたIOCが定義するような広範なアンブッシュ・マーケティングを網羅的に規制することは、私個人としては難しいように思います。
 こうした事態に対処するため、IOCは、オリンピック開催都市の誘致段階から、法規制を含めたアンブッシュ・マーケティングの対策を講じる旨の誓約を求めています。
この点、上記のようなIOCの方針に従い、2000年以降にオリンピックが開催された全ての国において、何らかの形でアンブッシュ・マーケティング規制法が制定されているようです。

 では、我が国におけるアンブッシュ・マーケティング規制法(特別法)についてはどうかというと、IOCと東京都およびJOCとの間で「東京オリンピック開催都市契約」が締結されており、同契約には、東京都と日本政府がアンブッシュ・マーケティングを規制する法律を整備することが契約条件として盛り込まれています。
 我が国におけるアンブッシュ・マーケティング規制法(特別法)制定の可能性については、開催都市決定の直後に話題となりましたが、現状において特別法制定に向けた具体的な動きは認められず、大会開催まで残り8か月となったことからすると、特別法の制定される可能性は以前より低くなったとの印象を受けております。

 先日(2019年6月時点)、立法する場合の所管となる経済産業省知的財産政策室に架電して確認しましたが、1年以上前の情報と同様、既存の法制度で保護は可能であり、特別法の法制化の動きはないとの回答でした。
 もっとも、今後、大会直前になって、商標法、不正競争防止法等による規制から漏れるアンブッシュ・マーケティングをカバーするための特別法であるアンブッシュ・マーケティング規制法が制定されることが絶対にないとはいいきれません。
 そのため、今後も法規制の動向について注視する必要性があろうかと思います。
 最新情報については、当事務所のコラム、メールマガジン等でお知らせさせて頂きます。

6 参考文献

 「アンブッシュ・マーケティング規制法」(株式会社創耕舎・足立勝著)

7 最後に

 当事務所は、これまで25年以上に亘って、世界最大のファッション業界大手企業体の我が国における代理人として法的サービスを提供して参りました。
 私も当事務所に入所以来、同ファッショングループのみならず、様々な業種の企業の代理人として、商標、意匠等に関する登録・維持・管理業務(いわゆるポートフォーリオ業務)や、商標法ないし不正競争防止法に係る侵害案件の対応に従事しており、訴訟事件対応を含めた実務経験を有しております。
 上記に述べたオリンピックにおける広告規制の件も含め、知的財産権に関して何かお困りのことがございましたら、是非、お話をお聞かせ頂ければと思います。
 以下の下線の弁護士名をクリック頂き、お問い合わせフォームよりご連絡頂ければ幸いです。

(担当弁護士 金子典正