今月の判例コラム

子の引渡しの間接強制(最高裁第三小法廷平成31年4月26日決定)

1 はじめに

 最高裁判所は、妻が、その夫に対し、両名の長男の引渡しを命ずる審判を債務名義として、間接強制の申立てをした事案において、これを肯定した原審・原々審の判断を覆す決定(破棄・取消し)を言い渡しました。
 子の引渡命令の強制執行が許されない場合があることを示す実例として、今回のコラムでご紹介させて頂きます。

2 事案の概要

  1. 妻Xと夫Yは、婚姻後、長男A、二男B及び長女Cをもうけましたが、XがYに「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」という内容のメールを送信したことをきっかけに、Yは子どもたちを連れて実家に転居してXと別居しました。
  2. Xの申立てにより、子どもたちの監護者をXと指定し、Yに対して子どもたちの引渡しを命ずる審判(以下「本件審判」といいます。)が確定しました。
  3. Xが本件審判を債務名義として子どもたちの引渡執行を申し立て、執行官がYの自宅を訪問して子どもたちに対してXのもとへ行くよう促したところ、BとCはこれに応じてXに引き渡されましたが、AはXに引き渡されることを拒絶して泣きじゃくり、呼吸困難に陥りそうになったため、執行官は、執行を続けるとAの心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあると判断し、Aの引渡執行を不能として終了させました。
  4. XがY等を拘束者、Aを被拘束者とする人身保護請求をしたところ、AはY等のもとで生活を続けたい旨の陳述をして、その請求は、Aが十分な判断能力に基づいてY等のもとで生活したいという強固な意思を明確に表示しており、その意思はY等からの影響によるものではなく、Aが自由意思に基づいてY等のもとにとどまっていると認められ、Y等によるAの監護は拘束に当たらないとして、棄却されました。
  5. Xは、本件審判を債務名義としてAの引渡しについて間接強制の申立てをしました。

3 争点

 裁判では、子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てが権利行使として許されるか否かが争われました。

4 原審と最高裁の判断

  1. 原審の判断
     原審は、上記事実関係の下において、Yが可能な限り、未成年者であるAに対し適切な働きかけをし、Xへの引渡しを円滑に実現するよう努めておらず、引渡義務の履行を尽くしたとはいえないこと、また、Aが自らを事実上監護しているYに迎合することなく、自らの意向を正確に言語的に表明することができたかは疑わしいことからすれば、未成年者であるAが表明した意向に沿うことが子の福祉に適うのか疑問であり、間接強制の要件の点からも、子の福祉の点からも、本件審判に基づく間接強制決定をすることを妨げる理由を認めることはできないと判断して、Yの抗告を棄却しました。
  2. 最高裁の判断
    これに対して、最高裁は、以下のように判示しました。

    1. 子の引渡しを命ずる審判は、家庭裁判所が、子の監護に関する処分として、一方の親の監護下にある子を他方の親の監護下に置くことが子の利益にかなうと判断し、当該子を当該他方の親の監護下に移すよう命ずるものであり、これにより子の引渡しを命ぜられた者は、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ、合理的に必要と考えられる行為を行って、子の引渡しを実現しなければならないものである。このことは、子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。
       したがって、子の引渡しを命ずる審判がされた場合、当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。
    2. しかしながら、本件においては、本件審判を債務名義とする引渡執行の際、二男及び長女が相手方に引き渡されたにもかかわらず、長男(当時9歳3箇月)については、引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため、執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。
       また、人身保護請求事件の審問期日において、長男(当時9歳7箇月)は、相手方に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し、その人身保護請求は、長男が抗告人等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっているとして棄却された。
    3. 以上の経過からすれば、現時点において、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる抗告人の行為は、具体的に想定することが困難というべきである。
       このような事情の下において、本件審判を債務名義とする間接強制決定により、抗告人に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは、過酷な執行として許されないと解される。そうすると、このような決定を求める本件申立ては、権利の濫用に当たるというほかない。

5 検討

  1. まず、前提として、本件では、子の引き渡しを実現するための手段として、間接強制を行うことの可否が争われていますが、間接強制とは、債務を履行しない義務者に対し、一定の期間内に履行しなければその債務とは別に間接強制金を課すことを警告(決定)することで義務者に心理的圧迫を加え、自発的な履行を促すものです。
     そして、民事執行法が、執行の迅速かつ円滑な進行のため、強制執行手続を判決手続等から組織的に分離し、執行機関は原則として強制執行を不当ならしめる実体上の事由の有無については判断しないものとしていることに照らせば、審判後の経過により当該審判時と異なる事情が生じたとしても、このような事情は、原則として当該審判を債務名義とする強制執行を妨げる理由とならず、再度の審判・調停など執行手続外で検討されるべきものであると考えられます。
     それ故、子の引渡しを命ずる審判がされた場合、仮に当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明したとしても、当該事実は、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではないと考えられます。
     ただし、間接強制は、上記のとおり、金銭の支払義務を課すことにより債務者を心理的に圧迫して給付を強制的に実現させるものですので、債務者に対する不当な圧迫となり、人格尊重の理念に反するおそれがあることに注意する必要があります。
     そこで、通説的な見解では、債務者にとって、過酷な執行の申立てに該当する例外的な場合については、強制執行請求権の濫用(民法1条3項)として却下され得るものと解されています。
  2. 本決定は、①本件審判を債務名義とする引渡執行の際、二男及び長女が相手方に引き渡されたにもかかわらず、長男(当時9歳3箇月)については、引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため、執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされたこと、②人身保護請求事件の審問期日において、長男(当時9歳7箇月)は、相手方に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し、その人身保護請求は、長男が抗告人等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっているとして棄却されたことを指摘した上で、そのような事実関係を踏まえた場合、現時点において、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられるYの行為は、具体的に想定することが困難であると認定し、過酷な執行として許されないと判断したわけです。
  3.  上記のとおり、本決定は、あくまで具体的な事実関係における事例判断であり、あらゆる場面において、子の引渡命令の間接強制が許されないと判断したものではありませんのでご注意頂ければと思います。

6 参考文献

判例時報2425号・10頁

(担当弁護士 金子典正/同 岡野椋介