中国事業からの撤退する際の留意点 解散・通常清算の手続
Q.新型コロナウイルス感染症の感染拡大を原因として、中国事業からの撤退を検討しています。中国事業からの撤退の手法として、現地法人の解散・通常清算を選択する場合の法的留意点を教えてください。
A.解散・通常清算による撤退を実施する場合も、合弁形態の現地法人では、中国側の出資者の協力を得ることが重要です。また、債務超過の現地法人は通常清算の枠組みでは処理できないことから、事前に清算期間中の費用や財務の推移について見通しを立てておくことが大事です。
清算事務を進める際には、各種期間の遵守や必要書類の遺漏などがないよう、現地の専門家の助言を求め、あるいは行政部門と都度確認するようにしましょう。業界にかかわらず、税務問題や労務問題については慎重に取り組むのが肝要です。
1、解散・通常清算は、持分譲渡が難しい場合の次善の策
2、解散・通常清算を実施できるかどうかの見極め
2-1 中国側の出資者の賛同が得られるかどうか
2-2 債務超過でないこと
3、解散・通常清算の手続と考慮事項
3-1 概要
3-2 社内での意思決定
3-3 清算委員会の設置
3-4 税務問題の処理
3-5 従業員問題
3-6 清算所得課税、残余財産分配など
1、解散・通常清算は、持分譲渡が難しい場合の次善の策
日本企業にとって、現地法人企業の事業からの撤退の手段として、費用や時間の面で持分譲渡の方法を優先的に検討することになるのが一般的であるのは、前回や前々回の記事でも説明した通りです(「中国事業から撤退する際の留意点 事業規模の縮小を検討するにあたって」「中国事業から撤退する際の留意点 持分譲渡の手続」参照)。持分譲渡によって譲渡先が見つからない場合や、譲渡の条件交渉で折り合いがつけられない場合には、次善の策として解散・通常清算を検討することとなります。
2、解散・通常清算を実施できるかどうかの見極め
2-1 中国側の出資者の賛同が得られるかどうか
中国現地法人事業からの撤退手段として解散・通常清算を選択する場合にも、中国側の出資者の賛同・協力が得られることは非常に重要です。
後述するように中国現地法人の解散・清算を実施するには社内機関の決議を得るのが原則であるものの、決議が得られない場合に解散を行うには、人民法院に対する訴訟の提起をしなければなりません(中国会社法182条)。訴訟提起を選択すれば手続的にも費用的にも負担が増えるうえ、人民法院が解散を命じるための要件は限定されていることから、望ましい手段ではありません。そこで、できる限り折り合いをつけて、中国側の出資者の協力を得るように努めるべきで、そのためには、解散等の手続費用に充てるための追加資金供給なども惜しまずに検討すべきでしょう。
2-2 債務超過でないこと
また、現地法人が債務超過ですと、通常清算によって処理することはできず、法的清算(破産)によらなければなりませんⅰ。
中国の破産手続について従前よりも活用は増えているものの、通常清算による場合のほうが手続に要する時間や費用は少なくて済むこと、破産手続は申請を人民法院に受理してもらえるかどうかの段階でハードルがあることから、一般的に、清算手続が優先的に検討されます。通常清算の手続内で処理するために、日本企業が現地法人に資金供給をして、債務超過を解消させることも珍しくありません。資金供給は、通常、増資または貸付によって実施することになりますが、特に貸付については外貨管理規制との関係で、投注差限度額ⅱまたはマクロプルーデンス方式ⅲの範囲内でのみ実施可能であることや、清算手続に入ると増資や借入が困難であることから、資金供給は事前に行う必要があることには要注意です。
通常清算に必要となる資金は、清算の手続に要する直接的な費用に加え、清算手続に要する期間を見越したうえでの清算手続中の運転資金や、上述のように債務超過の解消を図る場合にはそのための費用なども考慮して目途を立てることになります。
3、持分譲渡の手続と考慮事項
3-1 概要
現地法人を解散し、通常清算を実施する場合、手続全体の大まかな流れは、次のようになります。スケジュール感としては、通常、全体で1~2年かかりますⅳ。
・社内機関での解散決議
↓
②清算委員会の設置 約3~4週間
・審査認可部門への解散認可申請・届出
・清算委員会成立・会社登記部門への届出
↓
③清算公告及び債権届出 約2~4か月
・知れたる債権者への通知および新聞上での清算公告
・債権者の債権届出
↓
④資産・負債の整理
・清算案の作成と承認
・残資産の換価・残債務の精算
↓
⑤清算報告
・清算委員会による清算報告書作成、社内機関による承認
・審査認可部門への届出(清算報告)
↓
⑥清算終了・終了後の登記
・税務登記抹消、税関登記抹消
・残余財産分配・外貨送金、外貨管理局登記抹消
・会社登記抹消・抹消公告、社会保険登記抹消
3-2 社内での意思決定
現地法人を解散するには、社内で意思決定手続を経る必要があります。
意思決定手続を行うべき社内の機関は、外商投資企業の従来の組織形態を維持しているか、あるいは2020年1月1日施行の外商投資法に対応するための組織形態の整備を済ませているかどうかによって、董事会か株主会のいずれかとなります(外商投資法の施行による会社組織の変更に関しては、前回の記事「中国事業から撤退する際の留意点 持分譲渡の手続」の「3-7 社内承認手続」の箇所を参照してください)。
対応する社内機関が株主会である場合には、3分の2以上議決権の同意による株主会決議を(中国会社法43条2項)、承認機関が従来の董事会である場合には、出席董事全員の同意による董事会決議を取る必要があります。
3-3 清算委員会の設置
清算委員会は、審査認可部門の認可日または解散事由が生じた日から15日以内に成立します(中国会社法183条)。清算委員会の構成員は、中外合弁企業の場合は、董事のなかから選任されます(中外合弁企業法実施条例92条)ⅴ。清算委員会が成立すると、その構成員や責任者の名簿を10日以内に会社登記部門に届け出ます(会社登記管理条例41条)。
このように、通常清算では、原則として、対象の現地法人の人員によって自主的に清算事務が進められます。もっとも、清算委員会が清算を故意に遅らせるなど、債権者の利益を害する事由があれば、債権者は、人民法院に関係人員を指定して清算させるよう申立てが可能です(会社法の適用に係わる若干問題に関する最高院の規定(2)7条)。
3-4 税務問題の処理
清算事務を進めるなかで注意を要するのが、税務問題です。税務当局にとって税金の徴収漏れがあってはならないので、抹消登記に先立ち、過去に遡って調査が実施されます。
現地法人の過去の税務処理で、清算手続のなかで問題として取り上げられやすい事項としては、次のようなものがあります。
- 未納税金の有無
税務当局は、過年度に税金の未納がなかったかどうかを必ずチェックします。未納が判明すると、利息や延滞税まで支払いを求められる可能性もあります。 - 税制優遇の利用実績
進出等の際に利用される外資誘致のための税制優遇の制度(例:いわゆる「二免三減半」制度のような企業所得税の減免や、一定の技術に関する設備の輸入関税の減免)は、一定期間以上の外商企業の存続や設備の利用を前提としていることがあります。そのため、解散・清算をすることとなると、税制優遇が遡って取り消され、相当額の税金の支払いを要求される可能性があります。 - 移転価格の問題
移転価格の問題について、税務当局より問題視されると、独立当事者間の取引価格に引き直した場合の取引を前提とした税額との差額の支払いを命じられます。
出資者である日本企業など関連会社との取引が多い場合、同業他社に比べて利益水準が低い場合、リスクと利益水準が見合っていない場合などは、税務当局による重点的な調査対象とされていることから(特別納税調整実施弁法29条)、特に注意が必要です。
税務問題に関しては、一般的には、過去2、3年に遡ってチェックされますが、問題が発覚すると、調査対象がさらに遡ることがあり、清算手続の長期化につながりなりかねません。そこで、解散・通常清算を検討する場合には、上で例をあげた問題を含め、現地法人の税務処理について問題がなかったか、事前に内部的な調査を実施してもよいでしょう。
3-5 従業員問題
現地法人が解散を決議すると、従業員との労働契約は終了することとなり(労働契約法44条5号)、労働契約を終了させると、従業員の勤続年数に応じた経済補償金を支払うこととなります(労働契約法47条)。
もっとも、特定の部門については解散決議を待たずに先立って閉鎖することもあるでしょうし、反対に、清算手続との関係で協力をしてもらうことが不可欠な一部の従業員について解散決議後も雇用を継続することもあるでしょう。このように、従業員問題については、清算に向けた全体計画を見越したうえで対処することが必要です。
従業員との労働契約を終了させる交渉にあたって、法定の経済補償金の金額を水準として同業他社の実績や相場などを踏まえて金額の上乗せを検討することになることや、解散・清算の話を切り出すにあたって気をつけなければならないことなどは、事業縮小の場合の従業員問題の処理と共通しますので、そちらを参照してください(「中国事業から撤退する際の留意点 事業規模の縮小を検討するにあたって」の「4、従業員の削減について」)。
3-6 清算所得課税、残余財産分配など
清算の手続費用、従業員向けの経済補償金、社会保険料や税金の未納分、取引債務その他一般の債務の返済等をすべて終えると、出資者に対する残余財産の分配が可能となります。
その際、清算事業年度の清算所得に対する企業所得税も、残余財産分配に先立つ支払いとして完了しておく必要があります。清算事業年度の税務申告は、経営終了後60日以内に提出しなければならず、企業所得税は、抹消登記手続前に支払う必要があります(企業所得税法55条)。
残余財産として分配される金額のうち、未分配利益や利益剰余金相当額は配当所得として、残額については資本金相当額の超過分は、出資者である日本企業の譲渡所得として認識されⅵ、10%の企業所得税を源泉徴収されます(企業所得税法3条3項、27条5号、37条、企業所得税法実施条例91条)。
提供元:https://www.businesslawyers.jp/practices/1228
ⅰ中国会社法188条1項参照
ⅱ外貨管理局「資本項目外貨管理関連問題の強化に関する通知」(1998年)、中国財政部等「外債管理暫定弁法」(2003年)等
ⅲ中国人民銀行「全範囲クロスボーダー融資マクロプルーデンス管理関連事項についての通知」(銀発[2017]9 号)、「全範囲クロスボーダー融資マクロプルーデンス管理を実施することについての通知」(銀発[2016]132 号)
ⅳ人民法院に訴訟を提起する場合に関して、原則として、清算委員会成立日後6か月以内に清算を完了しなければならないという規定があるものの(会社法の適用に係わる若干問題に関する最高院の規定(2)第16条)、それ以上の期間を要すると見込んでおくのが無難でしょう。
ⅴ会社法に準拠する場合は、有限責任会社では株主が、株式会社では董事または株主総会が確定する人員が、清算委員会の構成員となります(中国会社法183条)。
ⅵ中国財政部 税務総局「企業清算業務における企業所得税の処理の若干問題に関する通知(財政部 税務総局 [2009] 60号)」