中国事業から撤退する際の留意点 破産の手続

Q.新型コロナウイルス感染症の感染拡大を原因として、中国事業からの撤退を検討しています。中国事業からの撤退の手法として、現地法人の破産を選択する場合の法的留意点を教えてください。

A.まず、外商投資企業による中国の破産手続の利用は、依然として事例が限られており、撤退手法の最終手段として理解すべきことが、何よりも重要です。人民法院に破産申立を受理してもらえるかどうかが大きな関門ですので、実務上は、これをクリアすることよりも代替手段の検討を先に尽くすべきです。

 申立が受理された後の流れ・手続は、制度としては、日本の破産手続と概ね共通するといえます。しかしながら、いずれにせよ申立の受理の段階を含め、債権者、従業員、行政部門との折衝が必要となるであろうことは変わりませんので、現地の専門家の助言を求めながら検討・対応を進めるとよいでしょう。

目次

1、撤退手段の最後の選択肢
2、破産手続の利用の前提は、破産原因が存在すること
3、破産の手続と考慮事項
 3-1 概要
 3-2 破産申立
 3-3 破産申立受理の効果
 3-4 破産手続の企業関係者への影響

1、撤退手段の最後の選択肢

 中国では伝統的に、破産法は国有企業のみを適用対象としていました。外商投資企業をも適用対象とする現在の企業破産法は、2007年に施行されましたが、その後も利用が進まない状況が続いていました。近年、外資系企業による破産手続利用も増えてきていますが、持分譲渡や解散・通常清算に比べると、依然としてその数は非常に限定的です。

 このことからもわかるように、破産手続は、あくまでも現地法による中国事業からの撤退のための最後の手段です。まずは、持分譲渡スキームや解散・通常清算スキームを検討することが重要です。従来的には、債務超過であるなど破産原因が認められるものの、資金供給をして破産原因を解消したうえで解散・通常清算に持ち込むということも一般的に行われています。

2、破産手続の利用の前提は、破産原因が存在すること

 破産手続の利用の前提として、破産原因の存在が必要です。破産原因は、期限到来済の債務を清算できず、かつ資産が全債務を清算するのに不足すること、または明らかに債務を清算する能力を欠くこととされております(企業破産法2条)。これら破産原因の意義は、日本の破産法上で債務超過や支払不能が破産原因とされているところと概ね同様と理解して問題ないでしょう(破産法16条)。

 破産申立では、かかる破産原因の存在を説明していくことになります。新型コロナウイルス感染症を原因として、工場が稼働できない、販売経路がストップしたというような場合では、その間の経費等で現地法人の債務が大きく膨らんでしまったという事情や、生産や販売のストップがもはや一次的なものではなく、再開して売上を創出する目途が立たないという事情があれば、破産原因の説明を補強する材料となるものと思います。

3、破産の手続と考慮事項

3-1 概要
 現地法人を破産手続によって清算する場合、手続全体の大まかな流れは、次のようになります

①破産申立および受理 約2週間~1か月
・法院への破産申立
・人民法院による受理するかどうかの判断(原則として、申請後15日以内)
・人民法院による受理決定および管財人指定

②破産公告および債権届出 約2~5か月
・知れたる債権者への通知および破産公告(受理決定後25日以内)
・債権者の債権届出(届出期間:30日~3か月)

③第1回債権者会議(債権届出期間満了後15日以内)

④換価配当
・財産の換価
・債権者会議での配当案の検討・承認決議
・人民法院による配当案の認可
・配当実施

⑤終結
・破産手続の終結決定および公告
・抹消登記

 全体としてどの程度の期間を要するかは、個々の法人の規模や事業内容によるため一概にはいえないものの、法律上で定められている期間のみを取り上げても、破産申立の受理から破産宣告までに半年ほどの期間を要することから、破産手続の終結までには少なくとも1年はかかると見込むのが妥当でしょう。

 破産手続による撤退では、裁判所等の利用の手続費用や現地専門家の費用を支出することとなります。裁判所関連の費用として、破産申立時に納付する訴訟費用は、対象企業の財産総額に応じて変わり、上限額は30万人民元とされています(訴訟費用納付弁法14条)。また、管財人の報酬額は、対象企業の最終弁済財産価値を基準に所定の比率の範囲内で、人民法院が提案を作成します(最高人民法院「企業破産案件を審理する際の管理人報酬の確定に関する規定」2条)。人民法院は、報酬案を作成するにあたり、対象企業の財務状況や予想される破産手続の業務量を考慮します。

3-2 破産申立
 破産申立では、以下のような書類を人民法院に提出することが必要です(企業倒産法8条)。

・破産申立書(対象企業の情報や、破産原因を有するに至った経緯などを記載)
・財産関係書類(貸借対照表、資産一覧、担保一覧、債権債務明細など)
・会計報告書類
・従業員の処遇に関する計画
・賃金及び社会保険料の支払・納付状況に関する書類

 破産申立が提出された人民法院ではこれを受理するかどうかを決めるにあたって、手続要件の充足の有無のみならず、実体的な考慮・判断もなされます。人民法院が受理にあたって特に重視するポイントは、従業員問題の処理が適切か否かであり、たとえば、賃金の未払いなどの問題が残っていると、当該問題が解決するまで破産申立が受理されないでしょう。破産申立が受理されてはじめて弁済禁止、強制執行の停止などの効果が生じますが、これらの効果を得るためには、申立を受理してもらわなければなりません。申立の受理の段階で、人民法院の実体的な判断をクリアしなければないこと、そして、これをクリアするのは容易ではなく、申立を受理してもらえるかどうかが大きな関門であるということは、日本の破産手続とは感覚が大きく異なっています。一般的に、中国ではなかなか破産をさせてくれないという理解が生じているのも、この部分に起因しています。

 なお、破産手続が開始するのは、申立による場合に限らず、通常清算手続中に債務超過が判明した場合(会社法187条)に加え、重整や和解が債権者会議や人民法院で承認や決議を得られずに頓挫した場合も破産手続に移行します(企業破産法93条、99条)。

3-3 破産申立受理の効果
 破産申立を受理することを決めると、人民法院は、あわせて管財人を指定します(企業破産法13条)。弁護士事務所、会計事務所、破産清算事務所などの管財人候補者が掲載された管財人名簿が地域ごとに存在し、管財人は、通常この名簿掲載者のなかから指定されます。

 管財人が指定されると、破産企業の財産は管財人の管理に移り(企業破産法17条)、また、対象企業は、個別の債権者に対して債務の弁済をしてはならず、万一弁済をした場合、その弁済は無効になります(企業破産法16条)。また、債務を逃れるための財産の隠匿や移転、債務の捏造なども無効です(企業破産法33条)。
 さらに、管財人には否認権が認められており、破産申立の受理前から1年以内に対象企業が行った次のような行為について、人民法院に取消を請求することができます(企業破産法31条)。

・財産の無償譲渡
・著しく不合理な価格の取引
・無償の担保提供
・期限前弁済
・債権放棄

 管財人は、破産の受理前から6か月以内の個別債権者に対する弁済についても、弁済時に破産原因が存在していたことを条件に、取消を請求できます(企業破産法32条)。

 さらに、対象企業が破産の受理前に締結していた契約で、対象企業および相手方のいずれもいまだ履行していない契約について、管財人は、当該契約を解除するか、それとも継続するかを選択することができます。管財人が契約を継続することを選択した場合、相手方は管財人に対して担保の提供を要求することができ、担保が提供されなければ当該契約は解除したものとみなされます。管財人が破産申請の受理日から2か月以内、または相手方の催告を受けた日から30日以内に、契約を継続するかどうかを相手方に通知しない場合には、当該契約は解除したものとみなされます(企業破産法第18条)。

 これらの点は、日本で破産手続開始決定が出た場合と類似しており、概ね同様の取扱いがなされると理解してよいでしょう。たとえば、日本の破産法の下でも、破産手続が開始されれば、破産者による弁済や財産処分は破産財団との関係で効力を主張できず(破産法47条1項)、破産手続開始前一定の期間内の行為については管財人による否認権行使の対象となります(破産法160条以下)。また、破産手続開始時点で存在する双方未履行契約については、管財人が選任された場合の取扱いとほぼ同様です(破産法53条)。

3-4 破産手続の企業関係者への影響
 解散・通常清算の手続では、清算事務が対象企業の関係者の手によって進められるのに対して、破産手続では、人民法院や債権者会議の監督の下、管財人によって進められます。対象企業の関係者は、基本的に管財人による清算事務の遂行に協力することを求められる立場にあります。

 具体的には、代表者、財務管理担当者等は、破産申立が受理されてから破産手続が終結するまでの間、以下のような義務を負います(企業破産法15条)。これらの義務違反に対しては、罰則が科されることもあり得ます(企業破産法126条以下)。

・その占有・管理下の印章や帳簿、文書等の資料の保管
・人民法院と管理人の指示に従った業務遂行、問い合わせへの回答
・債権者会議への出席、債権者からの質問への回答
・人民法院の許可なくして居住地を離れない
・他の企業の董事や監事、上級管理者に就任しない

 また、忠実義務、勤勉義務に違反し、対象企業を破産させたと認められる董事や監事、上級管理者については、個人的に民事責任の追及を受ける可能性があり、かつ破産手続終結より3年間、いかなる企業の董事、監事、上級管理者にもなれません(企業破産法125条)。さらに、対象企業の董事や監事、上級管理者は、対象企業から非正常な収入を得ていた場合には、それを返還しなければならないとされ、職権を利用して獲得した業績に基づく賞与や、従業員に対する賃金支払が遅延している状況で支払われた賃金などは、非正常な収入とされます(企業破産法36条および最高人民法院の司法解釈)。

 これに対して、対象企業の出資者は、出資義務の未履行があれば、未履行相当分の支払いを求められることはあるものの(企業破産法35条)、破産手続との関係で、それ以上の特段の義務は規定されていません。また、中国で新しい別件の投資を行うことについても、特段法律上の制限は設けられていません。したがって、日本企業は、改めて中国への投資を行うことや、中国に子会社を設けて事業を開始することが可能です。

提供元:https://www.businesslawyers.jp/practices/1229

中国の企業破産法の下では、破産清算、重整、和解の3種類の手続が存在します、本記事では、日本の破産手続に相当する「破産清算」の手続について説明しています。これに対して、重整や和解は、対象企業を存続させつつ債務を圧縮する再生型の手続です。
企業破産法の適用に係わる若干問題に関する規定(1)24条