今月の判例コラム

期間の定めのない雇用契約が定年により終了した後の有期雇用契約成立の余地
(東京高裁平成31年2月13日判決)

1. はじめに

東京高等裁判所は、会社が従業員の定年後の再雇用契約としての有期雇用契約を締結せずまたは更新拒絶したことについて雇用契約上の地位が認められるか争われた事件(以下、「本件事件」といいます。)において、期間の定めのない雇用契約が定年で終了した場合、労働契約法19条の類推適用は認められないものの、労働者からの申込みがあれば一定の場合に有期雇用契約が成立するとみる余地があることを認めました(ただし、本件事件の具体的な判断としては、裁判所は、有期雇用契約の成立を否定しております。)。

本件は2020年7月21日時点で上告中のため、確定した判決ではありませんが、期間の定めのない雇用契約が定年で終了した場合の再雇用の有期雇用契約の成否の検討の一助となるものとして、当該判決部分について、今回のコラムでご紹介させて頂きます。

2. 事案の概要

(1)当事者
本件は、タクシー会社Y1の従業員で組織される労働組合X1及びX1の組合員でY1に勤務していたタクシー乗務員個人(X2ないしX13。以下、「個人原告ら」といいます。)の原告らと、タクシー会社Y1及びその代表取締役2名を被告らとする紛争です。

本コラムでは、原告らの請求のうち、特にY1が個人原告らとの間で定年後の有期雇用契約を拒否して締結せず又は有期雇用契約の更新拒絶(雇止め)をしたこと(以下、有期雇用契約拒否と雇止めをあわせて「雇止め等」といいます。)に対し、個人原告らが雇用契約上の地位にあることの確認を求めた点について取り上げますが、便宜上個人原告らを以下のグループに区別し、記載することがあります。

  1. 原告グループ①
    定年後、再雇用としての有期雇用契約を締結できなかった者
  2. 原告グループ②
    定年後、再雇用としての有期雇用契約を締結した者で75歳以上の者
  3. 原告グループ③
    定年後、再雇用としての有期雇用契約を締結した者で75歳未満の者
  4. 原告グループ④
    採用時より有期雇用契約を締結してきた者

(2)前提事実

  1. Y1の労働条件等
    1. Y1の就業規則によって、定められている内容
      1. 社員の定年は、満65歳に達した日の直後に到来する賃金締切日(毎月17日)とする。
      2. 定年に達した社員が希望し会社が認めた場合は、定年退職の翌日から引き続き1年以内の期間を定めて再雇用する。
    2. 選択できる就業形態
      1. 隔日勤務
      2. 日勤勤務
      3. 短時間勤務(ただし、再雇用された有期雇用契約者のみ)
        なお、定年後有期雇用者は短時間勤務でない限り、期間の定めのない社員との間で賃金差はない。
  2. 定年後再雇用に関する事情
    1. 労働者供給契約締結前の運用等
      Y1は、就業規則の規定に従い、従業員との間で、定年前は期間の定めのない雇用契約、定年後は1年以内の期間の定めのある雇用契約を締結していました。

      具体的な手続きとして、有期雇用契約の締結については、定年に達する1か月前に労働者に面談し、継続雇用の希望、勤務形態の希望、車両の空き状況を踏まえて締結し、有期雇用契約の更新については、Y1が従業員に更新時期に更新契約書を渡し、押印するよう指示し、従業員が押印するという運用で行ってきました。

      また、平成19年7月24日、当時の代表取締役が、団体交渉において、定年者の継続雇用は本人に意思確認の上、勤怠、健康に問題がなければ自動的に再雇用されること、定年後の再雇用契約は75歳まで更新可能とすることを述べ、以後、営業所から75歳まで雇用延長が可能との記載のある書面の交付や同趣旨の説明がなされていました。

    2. 労働者供給契約の締結とその後の運用等
      Y1も傘下に入るAグループでは、定年後の再雇用について各労働組合と労働者供給契約を締結し、これに基づいて組合員の供給を受ける形でのみ行っていたため、X1としても、Y1と同契約を締結しなければ定年に達した組合員の再雇用が保障されるか懸念される状況となりました。

      そこで、平成27年4月1日、X1とY1との間で、X1はY1の申込みに応じて定年者である組合員を供給し就業させる内容の労働者供給契約を締結しました。

      Y1は、労働者供給契約を締結後、供給を受けることとなった労働者と個別に雇用契約書を交わすようになったが、Y1からX1に対して供給申込みがされる以外、上記a.の手続きとほとんど差異がなく、さらに、労働者供給申込みより先に再雇用契約書が作成されていました。

  3. 雇止め等の経緯
    1. 原告らによる別訴提起とY3らの働きかけ
      平成27年7月15日、個人原告らX1組合員を含むY1従業員60名は、Y1に対し、未払残業代の支払いを求める通知書を送付し、その後、平成28年1月12日、未払賃金(残業代)支払請求訴訟を提起しました。

      Y1代表取締役は、通知書を送付した従業員に意思確認を行い、提訴直前には委任状の書面は組合の強制か個人の意思か確認するなどしたほか、個人原告らに対し、訴訟を取り下げてもらえないか、などと述べ、提訴後の団体交渉において、会社を提訴するような人とは信頼関係が保てないため再雇用や契約更新を認めない旨発言しました。

      これらの働きかけにより、従業員には残業代の請求を取りやめたり、訴訟を取り下げたりする者が発生し、X1からも15名の組合員が脱退するなどしました。

    2. 雇止め等の通知
      Y1は、平成28年1月16日以降、原告グループ①に対して定年後に有期雇用契約を締結することなく定年に達した時点で雇用関係を終了させ、原告グループ②ないし④に対しては、有期雇用契約を更新しない旨を通知しました。

3. 争点

個人原告らとY1との雇用契約が、雇止め等にもかかわらず、労働契約法(以下「労契法」という。)19条の適用又は類推適用等により更新又は締結されたものとみなされるか、具体的には以下の点が争われました。

  1. 本件供給契約に基づき供給された労働者に係る各有期雇用契約について、労契法19条が適用されるか。
  2. 個人原告らごとの争点について
    1. グループ①について
      1. 労契法19条の類推適用又は権利濫用の法理により有期雇用契約が締結されたとみなされるか。
      2. 被告会社の上記原告らに対する再雇用拒否が、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と認められるか。
    2. グループ②ないし④について
      グループ②ないし④の各有期雇用契約について、労契法19条により有期雇用契約が更新されたとみなされるか。

4. 原審の判断

  1. 争点1.について
    原審は、原告らとY1の契約は雇用契約であること、これまでの定年後の有期雇用契約締結の実情、運用、労働者供給契約を締結した合理的意思解釈等を述べた上、Y1と有期雇用契約を締結した労働者は、定年後特段の問題ない限り有期雇用契約が更新され、継続雇用されることを妨げられるものではないから、当該雇用契約には労働契約法19条が適用されるとして争点1.を肯定しました。
  2. 争点2.アについて
    原審は、グループ①に関し、期間の定めのない雇用契約は定年により当然に終了するもので有期雇用契約の法定更新という枠組みの労働契約法19条の類推適用の基礎を欠くこと、定年後の労働条件を定年前の労働条件や労働者の希望により補うことは、有期雇用契約の法定更新という労働契約法19条の枠組みにまったく別個の枠組みを合体させて労働条件を決定することになるから類推適用の枠組みを超えることなどを理由として、労働契約法19条の類推適用を否定しました。

    また、有期雇用契約におけるグループ①の希望が示されていないから有期雇用の拒否が権利濫用に当たるかを問うまでもないとし、主要な労働条件である勤務形態が定めることができない以上、再雇用契約が成立したと認めることもできないとしました。

  3. 争点2.イについて
    原審は、当時の代表取締役の発言、その後の営業所での説明、書面の記載、75歳までの年齢の者が在籍就労している実績等から、当時の代表取締役の発言以降、定年到達後Y1に再雇用された労働者について、勤怠、健康状態等に問題がない限り、75歳まで有期雇用契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるとしました。

    そのうえで、グループ②に関し、あくまでも75歳まで雇用契約の更新が可能であるにすぎず、75歳を超えた者の契約更新の運用を認めるに足りる証拠がないことから、上記合理的期待を認めることはできず、有期雇用契約が更新されたとみなすことはできないとしました。

    グループ③及び④に関し、いずれにも上記合理的期待があること、雇止め等の主要な動機が個人原告らの未払賃金請求訴訟提起にあること、その他各個人原告らの交通違反歴、トラブルなどを考慮しても雇止めの客観的合理的理由はなく社会通念上相当であるともいえないことから、労契法19条により有期雇用契約が更新されたとみなされるとしました。

5. 本判決の内容

本判決は、争点2.アのグループ①について、労契法19条を類推適用することはできないことを前提に、「期間の定めのない雇用契約が定年により終了した場合であっても、労働者からの申込みがあれば、それに応じて期間の定めのある再雇用契約を締結することが就業規則等で明定されていたり、確立した慣行となっていたりしており、かつ、その場合の契約内容が特定されているということができる場合には、使用者が労働者一般に対して、特段の欠格事由のない限り、再雇用する旨の黙示の意思表示をしていると解されるときはもちろん、そうでなくとも、労働者において雇用契約の定年による終了後も再雇用契約により雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があるから、労働者から再雇用契約締結の申込みがあったにもかかわらず、使用者が再雇用契約を締結せず、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、使用者が再雇用契約を締結しない行為は権利濫用に該当し、その場合に、労契法19条の基礎にある法理や解雇権濫用法理の趣旨ないし使用者と労働者との間の信義則に照らして、期間の定めのない雇用契約が定年により終了した後、上記の特定されている契約内容による期間の定めのある再雇用契約が成立するとみる余地はあるものというべきである。」と述べました。

もっとも、本件において、Y1を定年退職した従業員は新たに有期雇用契約を締結するのであり、その場合には勤務形態を選んで希望し、車両の空き状況を踏まえて両者の合意により勤務形態を含めた労働条件が決定されるものであるから、従業員からの申込みと希望があればその通りの条件の再雇用契約を締結することが確立した慣行となっていたとまでは認めがたいこと、有期雇用契約における勤務形態についての希望等を何ら示していないから、その後に成立するべき再雇用契約の主要な労働条件である勤務形態を定めることができず、Y1との間で成立するとみなされる再雇用契約の内容を特定することができないことから、Y1との間において、新たな雇用契約を成立させることはできないとの結論を出しました。
(※上記「 」内は判例をそのまま引用しております。)。

6. 検討

  1. 本判決は、期間の定めのない雇用契約が定年により終了した場合に、労働契約法19条、解雇権濫用法理の趣旨ないし信義則に照らして雇用契約が成立するとみる余地があることを認め、以下の観点からその成否を検討すると述べました。
    1. 労働者からの申込みがあれば、期間の定めのある再雇用契約を締結することが就業規則で定められていたり確立した慣行となっていたりしており、かつ、当該契約内容が特定できること
    2. 労働者からの再雇用契約締結の申込みと使用者による拒否
    3. b.の拒否に客観的合理性、社会的相当性がないこと

    もっとも、使用者側が雇用リスクを意識する中で、就業規則に、定年後の労働者の申込みのみによって期間の定めのある再雇用契約を締結する旨及びその具体的な内容を定めるとは考えにくいものです。
    そのため、上記a.を満たす確立した慣行といえるためには具体的にどの程度の事情、内容が求められるかについて、今後の判断、裁判例の集積が待たれるところです。

    なお、本判決によれば、就業規則や確立した慣行によって主要な労働条件が自動的に決まること、再雇用契約締結のための手続の要否、仮に手続を要する場合の形骸化の程度、再雇用を拒否した事例の有無、運用継続実績・期間等を検討することになると考えられます。

  2. いわゆる無期転換ルール(労働契約法18条)や不合理な待遇差の禁止(パートタイム・有期雇用労働法8条)などのように有期雇用労働者の法的な保護も進んでいるなかで、本判決は、定年により期限の定めのない雇用契約を終了する者について有期雇用労働者として保護することをも念頭においたものといえ、今後、使用者側は就業規則の定め及び雇用管理において、より一層適切な対応が求められるといえます。

7. 参考文献

 判例時報2444号・60頁

(担当弁護士 金子典正/同 伊藤大樹