今月の判例コラム

偽造された計算関係書類と会計限定監査役の任務懈怠責任
(最高裁第二小法廷令和3年7月19日判決)

1. はじめに

いわゆる非公開会社のうち、監査役会設置会社及び会計監査人設置会社でない株式会社は、監査役が行うべき監査の範囲を定款の定めによって会計に関するものに限定することができます(以下「会計限定監査役」といいます。)。

会計限定監査役が会社に対して負うべき会社法上の責任についての判断を示した初めての判例として、今回のコラムでご紹介させて頂きます。

2. 事案の概要

株式会社Xは公開会社ではない株式会社であって、会計監査人を置かないものであり、Yは、昭和42年7月から平成24年9月までの間、Xの監査役であった者であり、その監査の範囲を会計に限定されていた。

Xにおいて経理を担当していた従業員Aは、平成19年2月から平成28年7月までの間、多数回にわたりXの名義の当座預金口座(以下「本件口座」という。)から自己の名義の預金口座に送金して合計2億3523万円余りを横領した(以下「本件横領」という。)。Aは係る送金をXの会計帳簿に計上しなかったため、本件口座につき、会計帳簿上の残高と実際の残高との間に相違が生じていた。Aは、本件横領の発覚を防ぐため、本件口座の残高証明書を偽造するなどしていた。

Yは、平成19年5月来から平成24年5月来までの各機において、Xの計算書類及びその付属明細書(以下「計算書類等」という。)の監査を実施した。同監査において、Yは上記各機の監査においてAから提出された残高証明書が偽造されたものであることに気づかないまま、これと会計帳簿とを照合し、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどした。その上で、Yは、上記各期の監査報告において、計算書類等がXの財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明した。

その後、平成28年7月になり、Xの取引銀行からの指摘を契機に本件横領の事実が発覚し、Xが、Yに対し、Yが監査役としての任務を怠ったことにより、Xの従業員による継続的な本件横領の発覚が遅れて損害が生じたとして、会社法423条1項に基づいて損害賠償を請求した。

3. 主な争点

本裁判では、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うにあたり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、その任務を尽くしたものといえるか、という点が主な争点として争われました。

4. 原審及び最高裁の判断

  1. 原審の判断(東京高裁令和元・8・21)
    原審は、会計限定監査役は会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することを主たる任務とするものであり、計算書類等の監査において、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば、任務を怠ったとはいえない、としてXの請求を棄却しました。
  2. 最高裁の判断
    上記(1)に対して、最高裁は、「監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において,監査役は,計算書類等につき,これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い,会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項,会社計算規則121条2項(平成21年法務省令第7号による改正前は149条2項),122条1項2号(同改正前は150条1項2号))。この監査は,取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって,会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法437条,440条,442条参照),上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し,その信頼性を高めるために実施されるものと解される。

    そうすると,計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり(会社計算規則59条3項(上記改正前は91条3項)),会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法432条1項参照),監査役は,会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。そして,会計限定監査役にも,取締役等に対して会計に関する報告を求め,会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法389条4項,5項)などに照らせば,以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。

    そうすると,会計限定監査役は,計算書類等の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない。

    これと異なる見解に立って,被上告人はその任務を怠ってはいないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人が任務を怠ったと認められるか否かについては,上告人における本件口座に係る預金の重要性の程度,その管理状況等の諸事情に照らして被上告人が適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり,また,任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。

    裁判官草野耕一の補足意見は,次のとおりである。
    私は法廷意見の理由及び結論に賛成であるが,審理を原審に差し戻した趣旨につき思うところを述べておきたい。
    差戻審が被上告人が任務を怠ったか否かを検討するに当たっては,次の点に留意すべきと考える。
    まず,会計限定監査役は,公認会計士又は監査法人であることが会社法上求められていない以上,被上告人が公認会計士資格を有していたとしても,上告人の監査に当たり被上告人にその専門的知見に基づく公認会計士法2条1項に規定する監査を実施すべき義務があったとは解し得ないという点である(会社計算規則121条2項が同法2条1項に規定する監査以外の手続による監査を容認しているのはこの趣旨によるものであろう。)。次に,監査役の職務は法定のものである以上,会社と監査役の間において監査役の責任を加重する旨の特段の合意が認定される場合は格別,そうでない限り,監査役の属性によって監査役の職務内容が変わるものではないという点である。被上告人の具体的任務を検討するに当たっては,上記の各点を踏まえ,本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる具体的行為(例えば,本件口座がインターネット口座であることに照らせば,被上告人が本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。なお,会計限定監査役にはその要求を行う権限が与えられているように思われる(会社法389条4項2号,同法施行規則226条22号参照)。)を想定し,本件口座の管理状況について上告人から受けていた報告内容等の諸事情に照らして,当該行為を行うことが通常の会計限定監査役に対して合理的に期待できるものか否かを見極めた上で判断すべきであると思われる。

    なお,平成19年5月期の監査の際に被上告人に提供された本件口座の残高証明書は本件従業員によりカラーコピーで偽造されたものであり,平成20年5月期以後の監査の際に被上告人に提供された残高証明書は本件従業員により白黒コピーで偽造された写しであったとの原審認定を前提とすると,平成20年5月期以後の監査の際に被上告人は本件口座の残高証明書の原本等の提示を求めるべきであったといえるか否かについても検討を要すると思われるが,その際には,平成19年5月期の監査の際に提供された残高証明書につき,被上告人がこれをどのようなものとして認識したか,これと平成20年5月期以後の監査の際に提供された上記写しとの形状・様式・内容の相違の有無・程度,被上告人の会計管理システムの仕組みや態勢,上記のカラーコピーの残高証明書と同様の形状・様式・内容を備えた残高証明書の作成の難易等を考慮して,上記の提示の求めが本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる行為といえるか否かについて慎重に判断する必要があると思われる。」
    と述べました。

5. 検討

会計限定監査役の監査について、判例は、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではないと判示し、原審と異なる判断をしました。

その理由は判旨記載のとおりですが、そこでは、まず、通常の監査役について、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合がある旨判断しました。その上で、この法理は会計限定監査役についても異なるものではないとして、会計監査において通常の監査役に求められる任務と会計限定監査役に求められる任務との程度に差はないと判断しています。

もっとも、日本の企業のうち大多数を占める中小企業において潤沢な人的資本を確保することは容易ではなく、その結果として、経営者の親族等を監査役のうち求められる義務を一部免除した会計限定監査役として登用する中小企業がよく見られます。

そのため、会計限定監査役となっている方の中には会計知識が豊富でない方も一定数いるのが実情といえます。

このような実情を踏まえると、本判例は、会計限定監査役に求められる監査について、かなり厳格な態度を明示した点で、中小企業における会計実務に大きな影響を及ぼすものと考えます。具体的には人材確保のハードルが上がるという面では、中小企業側にマイナスの効果をもたらすことになりますが、反面、会計限定監査役に求められる監査内容が厳格化されることになり、本件で問題となった横領行為をいち早く発見できる可能性が高まるというプラスの効果も期待できます。

なお、本判例は会計帳簿が信頼性を欠くものでないことが明らかでない場合に「計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうか」を確認するために具体的にどの程度まで調査を行うべきかについて、本判例は具体的な判断基準を明示してはいませんので、差戻審での判断が待たれるところです。

6. 参考文献

  • 判例タイムズ1493号(判例タイムズ社 2022年4月)

(担当弁護士 金子典正 /同 安部光陽