今月の判例コラム

民事執行法第68条にいう「債務者」とは
(最高裁判所第1小法廷令和3年6月21日決定)

1. はじめに

担保不動産競売の件数は年々減少傾向にあるものの、年間1万件以上が新件として全国の地方裁判所で受理されています。

担保不動産の買受人になるには、一般に資格制限はありません(法令上の取得制限がある不動産を除く。)が、民事執行法は「債務者」の買受け申出を禁止しています(民事執行法68条、71条2号、188条)。

今回の判例は、「債務者」該当性に関する重要な最高裁の決定として、本コラムにおいて紹介させて頂きます。

2. 事案の概要

平成25年12月27日、Aが所有する不動産につきAを債務者とする根抵当権の実行としての競売の開始決定(以下「本件競売事件」という。)がされた。

平成26年6月18日、Aについて破産手続の開始決定がされ、その後Aは免責許可の決定を受けたところ、本件競売事件の基礎となった根抵当権の被担保債権は当該免責許可の決定の効力を受けるものであった。

平成27年2月23日にAは死亡し、その子であるX等がAを相続した。

令和2年12月1日に開かれた本件競売事件の開札期日において最高価買受申出人とされたXであったが、原々審において、買受けの申出が禁止される「債務者」(民事執行法188条、68条)に当たり、売却不許可事由(同法188条、71条2号)があるとして、売却不許可決定(原々決定)を受けたため、Xは同決定に対して執行抗告をした。

3. 主な争点

担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が当該決定の効力を受ける場合における、当該債務者の相続人の民事執行法188条において準用する同法68条にいう「債務者」該当性

4. 原審及び最高裁の判断

  1. 原審の判断(東京高決令和3・2・9)
    担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が当該決定の効力を受ける場合であっても、当該債務者の相続人は「債務者」に当たると判断して、Xの執行抗告を棄却した。
  2. 最高裁の判断
    上記(1)に対し最高裁は、「法188条において準用する法68条によれば、担保不動産競売において、債務者は買受けの申出をすることができないとされている。これは、担保不動産競売において、①債務者は、同競売の基礎となった担保権の被担保債権の全部について弁済をする責任を負っており、その弁済をすれば目的不動産の売却を免れ得るのであるから、目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるし、②債務者による買受けを認めたとしても売却代金の配当等により被担保債権の全部が消滅しないのであれば、当該不動産について同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われ得るため、債務者に買受けの申出を認める必要性に乏しく、また、③被担保債権の弁済を怠り、担保権を実行されるに至った債務者については、代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いと考えられることによるものと解される。」(番号筆者加筆)とし、民事執行法において、担保不動産競売における債務者による買受けの申出を禁止している趣旨を述べた。

    そして本件については、「担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合には、❶当該債務者の相続人は被担保債権を弁済する責任を負わず、債権者がその強制的実現を図ることもできなくなるから、上記相続人に対して目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるとはいえないし、❷上記相続人に買受けを認めたとしても同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われることはなく、上記相続人に買受けの申出を認める必要性に乏しいとはいえない。❸また、上記相続人については、代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いとも考えられない。
    そうすると、上記の場合、上記相続人は、法188条において準用する法68条にいう「債務者」に当たらないと解するのが相当である。」(番号筆者加筆)と述べた。

5. 検討

  1. 競売の種類
    競売には「強制競売」と「担保不動産競売」の2種類があります。強制競売とは、判決などの債務名義に基づき、執行裁判所が債務者の不動産等を売却し、その代金をもって債務者の債務の弁済に充てる執行手続きをいいます。他方、担保不動産競売とは、抵当権などが設定された不動産を競売にかけて売却する手続きのことをいいます。双方とも裁判所での手続きを要する点で共通しますが、債務名義の要否が大きな違いになります。
  2. 民事執行法68条の趣旨
    債務者の買受け申出の禁止を定める規定(民事執行法68条)は、現行の民事執行法の制定にあたって新たに設けられた規定になります。旧法下では、強制競売及び担保不動産競売における債務者による買受けの申出の可否は解釈に委ねられていました。

    現行の民事執行法において、強制競売による債務者の買受け申出を禁止とした理由としては、主に①債務者に差押不動産を買い受けるだけの資力があるのであれば、まず差押債権者に弁済すべきであること、②債務者が差押不動産を買い受けたとしても、請求債権の全部を弁済できない程度の競落代金の場合には、債権者は同一債務名義をもって更に同一不動産に対して差押え、強制執行をすることができるため、無益なことを繰り返す結果になり、これを許す場合には競売手続きが複雑化すること、③自己の債務すら弁済できない債務者の買受け申出を許すと、代金不払いにより、競売手続の円滑な進行が阻害される可能性が高いこと、といった政策的な理由があるとされています。

  3. 民事執行法第68条にいう「債務者」の範囲
    民事執行法68条にいう「債務者」とは、強制競売の手続きにおいて、執行債務者として扱われている者を指す、というのが通説です。もっとも、本条の政策的な理由に基づき、連帯債務者、物上保証人等が「債務者」に当たるかについては議論がなされてきました。しかしながら、本件のように、担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、当該競売の基礎となった担保権の被担保債権が当該決定の効力を受ける場合の債務者やその相続人が「債務者」に当たるか否かについては、今まで議論がなされてこなかったといえます。

    債務者が免責許可の決定を受けると、債務者は被担保債権を弁済する責任を免れるため(破産法253条1項本文)、債権者が債務者またはその相続人に対して、強制的実現を図ることはできません。そうすると、本件におけるA及びXには、上記①及び②の趣旨が当てはまらないことになります。③については、これまで弁済を怠ったAに関して否定できないところもありますが、少なくともXに関しては、最高裁の決定のとおり、③に該当するおそれが類型的に高いとする根拠がありません。

    最高裁は、AやXの個人的事情を考慮した判断をせずに、担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、当該競売の基礎となった担保権の被担保債権が当該決定の効力を受ける場合の債務者の相続人は、民事執行法188条が準用する同法68条にいう「債務者」にはあたらない、とする画一的な判断をしています。本決定は、今後の民事執行及び破産事件の実務に大きく影響を与えるものと考えます。

6. 参考文献

令和2年度司法統計年報
判例タイムズ 1492号(判例タイムズ社 2022年3月)
ジュリスト2512号(有斐閣 2022年5月号)
伊藤 眞・園尾隆司 編「条解 民事執行法〔第2版〕」(弘文堂 2022年)

(担当弁護士 金子典正 /同 岩田貴鈴