今月の判例コラム

セクハラと懲戒処分 最高裁第二小法廷平成30年11月6日判決

1 はじめに

 最高裁判所は、平成30年11月6日、地方公務員の男性職員X(以下「X」といいます。)が勤務時間中に訪れたコンビニエンスストアの女性従業員に対してわいせつな行為等をしたことを理由とする停職6月の懲戒処分(以下「本件処分」と言います。)の有効性が争われた事案において、これを違法と判断した第一審及び原審の判断を覆し、Xの停職処分取消請求を認めないとする判決(原判決破棄・第一審取消、請求棄却)を言い渡しました。

 本判決は、公務員の懲戒処分に関する事案ではございますが、被用者がセクシャルハラスメントやわいせつ行為を行った場合における措置に関する判断の一例として、今回のコラムでご紹介させて頂きます。

2 事案の概要

本件の事案は、以下のとおりです。

  • Xは、平成3年にY市に採用された一般職に属する男性の地方公務員であり自動車運転士として、主に一般廃棄物の収集及び運搬の職務に従事していました。Xは、平成22年頃から、勤務時間中、市章の付いた作業着である制服を着用して、兵庫県加古川市に所在するコンビニエンスストア(以下「本件店舗」といいます。)を頻繁に利用するようになりました。その利用の際、Xは、本件店舗の女性従業員らを不快にさせる不適切な言動をしており、これを理由の一つとして退職した女性従業員もいました。
  • Xは、勤務時間中である平成26年9月30日午後2時30分頃、制服を着用して本件店舗を訪れ、顔見知りであった女性従業員(以下「本件従業員」といいます。)に飲物を買い与えようとして、自らの左手を本件従業員の右手首に絡めるようにしてショーケースの前まで連れて行き、そこで商品を選ばせた上で、自らの右腕を本件従業員の左腕に絡めて歩き始め、その後間もなく、自らの右手で本件従業員の左手首をつかんで引き寄せ、その指先を制服の上から自らの股間に軽く触れさせるという行為に及びました。本件従業員は、Xの手を振りほどき、本件店舗の奥に逃げ込みました。
  • 本件店舗のオーナーは、同日、Xが所属するY市の部署に宛てて、上記行為について申告するメールを送信し、Xの上司は、平成26年10月7日、本件店舗を訪れてオーナーから事情を聴くなどして、上記行為について確認しました。
  • 平成26年11月7日のg新聞に、Y市の職員(氏名は伏せられていました。)が勤務時間中にコンビニエンスストアでセクシュアル・ハラスメントをしたが、Y市においては店側の意向を理由に職員の処分を見送っている旨の記事が掲載されました。これを受けて、Y市は記者会見を開き、今後事情聴取をして当該職員に対する処分を検討する旨の方針を表明したところ、相次いで、g新聞他3新聞に、上記記者会見に関する記事が掲載されました。
  • Y市は、関係者からXの上記行為に関する事情聴取を行いました。その際、Xは、下半身を触らせようという意識はなく、本件従業員の手が下半身に近づきはしたが触れてはいないなどと弁解しました。他方、本件従業員は、Xの処罰は望んでいないが、同じようなことが起こらないようにしてほしい、これはオーナーも同じである旨を述べました。
  • Y市長は、平成26年11月26日付けで、Xに対し、地公法29条1項1号、3号に基づき、停職6月の懲戒処分(本件処分)をしました。その処分説明書には、処分の理由として、「あなたは、平成26年9月30日に勤務時間中に立ち寄ったコンビニエンスストアにおいて、そこで働く女性従業員の手を握って店内を歩行し、当該従業員の手を自らの下半身に接触させようとする行動をとった。」(以下、Xのこの行動を「行為1」といいます。)、「また、以前より当該コンビニエンスストアの店内において、そこで働く従業員らを不快に思わせる不適切な言動を行っていた。」(以下、Xのこの言動を「行為2」といいます。)との記載があります。なお、Y市は、本件処分の直接の対象は行為1であり、行為2は行為1の悪質性を裏付ける事情である旨を主張しています。

3 最高裁の判断

 最高裁は、まず、以下の通り、過去の判例の規範をあげた上で、
 「公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される。」
と判示しました。

 さらに、原審(大阪高裁平成29年4月26日判決)が判断の根拠とした①から④までの事情につき、以下のとおり、原審とは異なる評価をすることができる旨指摘しました。

 具体的には、
 「原審は、①本件従業員がXと顔見知りであり、Xから手や腕を絡められるという身体的接触について渋々ながらも同意していたこと、②本件従業員及び本件店舗のオーナーがXの処罰を望まず、そのためもあってXが警察の捜査の対象にもされていないこと、③Xが常習として行為1と同様の行為をしていたとまでは認められないこと、④行為1が社会に与えた影響が大きいとはいえないこと等を、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くことを基礎付ける事情として考慮している。しかし、上記①については、Xと本件従業員はコンビニエンスストアの客と店員の関係にすぎないから、本件従業員が終始笑顔で行動し、Xによる身体的接触に抵抗を示さなかったとしても、それは、客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地があり、身体的接触についての同意があったとして、これをXに有利に評価することは相当でない。上記②については、本件従業員及び本件店舗のオーナーがXの処罰を望まないとしても、それは、事情聴取の負担や本件店舗の営業への悪影響等を懸念したことによるものとも解される。さらに、上記③については、行為1のように身体的接触を伴うかどうかはともかく、Xが以前から本件店舗の従業員らを不快に思わせる不適切な言動をしており(行為2)、これを理由の一つとして退職した女性従業員もいたことは、本件処分の量定を決定するに当たり軽視することができない事情というべきである。そして、上記④についても、行為1が勤務時間中に制服を着用してされたものである上、複数の新聞で報道され、Y市において記者会見も行われたことからすると、行為1により、Y市の公務一般に対する住民の信頼が大きく損なわれたというべきであり、社会に与えた影響は決して小さいものということはできない。」

 とし、その上で、
 「そして、市長は、本件指針が掲げる諸般の事情を総合的に考慮して、停職6月とする本件処分を選択する判断をしたものと解されるところ、本件処分は、懲戒処分の種類としては停職で、最も重い免職に次ぐものであり、停職の期間が本件条例において上限とされる6月であって、Xが過去に懲戒処分を受けたことがないこと等からすれば、相当に重い処分であることは否定できない。しかし、行為1が、客と店員の関係にあって拒絶が困難であることに乗じて行われた厳しく非難されるべき行為であって、Y市の公務一般に対する住民の信頼を大きく損なうものであり、また、Xが以前から同じ店舗で不適切な言動(行為2)を行っていたなどの事情に照らせば、本件処分が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠くものであるとまではいえず、市長の上記判断が、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。以上によれば、本件処分に裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があるとした原審の判断には、懲戒権者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」

 と判断しました。

4 検討(従業員のセクハラ・わいせつ行為への対応について)

 本判決は、客と店員という関係から拒絶が困難であることに乗じて行われた厳しく非難されるべき行為であって、Y市と公務一般に対する住民の信頼を大きく損なうものである等の事情からすると、停職6月という懲戒処分が重きに失するとして妥当性を欠くとはいえないと判断しています。

 本判決は、公務員に対する懲戒処分の有効性に関する事例ではありますが、表面的には明確に拒絶していないと思われる場合であっても、安易に同意していたと評価するのではなく、潜在的な問題である拒絶の困難さという点にも踏み込んだものといえ、セクハラを行なった者に対する厳しい判断といえます。

 この点、企業における懲戒処分については、懲戒事由が存在する場合にいかなる懲戒手段を採るかは、基本的に使用者の裁量に委ねられているが、具体的な事情の下において、懲戒権の行使が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、懲戒権の濫用として無効となると解されており、労働契約法15条はこのような懲戒権濫用法理を明文化したものとされております。

 一般企業の職場におけるセクハラ行為を理由とする出勤停止処分の有効性が争われた最高裁平成27年2月29日第一小法廷判決(判例タイムズ1413号88頁参照)は、本判例と同様、被害者から明白な拒否の姿勢を示されておらず性的な内容の発言等を被害者から許されていると誤信していたことや、事前に警告や注意等を受けていなかったこと等を行為者に有利な事情として考慮して出勤停止処分を無効と判断した原審を否定し、出勤停止処分は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合に当たるとはいえないから、懲戒権を濫用したものとはいえず、有効であると判断しており、本判決と同様、セクハラ行為に対する最高裁判所の厳しい姿勢が見て取れます。

 近年、職場内だけでなく、取引先のような外部の者に対するセクハラやわいせつ行為等についても社会問題となっております。
 従業員によるセクハラ等が発生した場合には、その後の会社の対応如何によっても、会社の信用を毀損・失墜を招く可能性があることから、行為者に対する処分に関しては慎重かつ適正な判断が求められることになります。

 本判決では、被害者が明確に拒絶していない場合であっても、この点を殊更行為者に有利に取り上げるのではなく、行為の内容、程度等、行為者と被害者の関係性にも考慮して判断すべきとの一定の指針を明らかにしたものと評価できます。

 上記の意味で、本判決は、公務員関係のみならず、一般企業におけるセクハラ等を理由とする懲戒処分を判断するにあたっても、実務上重要な判断要素になろうかと思います。

5 最後に

 当事務所には、企業法務の一環として、主に雇用主の立場からの労働法務を専門的に取り扱い、長年に渡る豊富な交渉実績と訴訟経験を有する弁護士が多数在籍しております。

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(担当弁護士 金子典正/同 奥田紗弓