今月の判例コラム

合資会社を退社する無限責任社員の責任(最高裁第三小法廷令和元年12月24日判決)

1. はじめに

合資会社とは、有限責任社員と無限責任社員で構成される会社形態のひとつであり、日本では、現在、全国に1万4000社以上が存在します。有限責任社員は、会社に出資した額を限度として会社の債務を負担するのに対し、無限責任社員はそのような限度がなく、無限に会社の債務を負担する社員のことをいいます。

本裁判例は、無限責任社員が退社する際に、会社に対して債務を負担するのかという点について、参考になる裁判例でありますので、今回のコラムでご紹介させて頂くことに致しました。

2. 事案の概要

亡Aは、合資会社であるB社(以下、「本件会社」といいます。)の無限責任社員でしたが、平成23年11月に後見開始の審判を受けたことにより、本件会社を退社しました(会社法607条1項7号)。本件会社は、亡A退社時、債務超過の状態でした。

その後、平成24年3月4日にAが死亡し、一切の財産を長男であるYに相続させる旨の遺言により、Yが亡Aの財産を相続しました。これに対して、長女Xは、自らの遺留分が侵害されたとし、Yに対し遺留分減殺請求を行いました。

3. 争点

Xの遺留分の侵害額の算定に関し、本件会社の無限責任社員であった亡Aが、退社時債務超過であった本件会社に対して、金員支払債務を負うか否かが争われました。

4. 原審と最高裁の判断(抜粋・編集あり)

  1. 原審の判断
    原審は、下記のとおり判断し、会社法の条文上、無限責任社員が負う債務は会社債権者に対してであること、及び退社の登記から2年経過したら債務は消滅することから、本件において、無限責任社員の退社時に本件会社が債務超過の状態であっても、当該会社に対して金員支払債務を負うことはないと判断しました。

    そして、亡Aの本件会社に対する金員支払債務を考慮することなく、Xの遺留分の侵害額を算定し、Xの請求を一部認容するとともに、Yの相殺の抗弁を認めるなどしてその余の請求を棄却しました。

    1. 持分会社の財産をもってその債務を完済することができない場合は、社員は、持分会社の債務を弁済する責任を負うが(会社法580条1項1号)、この場合社員が弁済する責任を負う相手方は、会社債権者であり、会社に対してではない。
    2. そして、退社した社員は、その登記をする前に生じた持分会社の債務について、従前の責任の範囲内で弁済する責任を負うが(同法612条1項)、この責任は、退社の登記後2年以内に請求又は請求の予告をしない持分会社の債権者に対しては、当該登記後2年を経過した時に消滅する(同条2項)ものとされている。
  2. 最高裁の判断
    これに対し、最高裁は、
    「無限責任社員が合資会社を退社した場合には、退社の時における当該会社の財産の状況に従って当該社員と当該会社との間の計算がされ(会社法611条2項)、その結果、当該社員が負担すべき損失の額が当該社員の出資の価額を下回るときには、当該社員は、その持分の払戻しを受けることができる(同条1項)。一方、上記計算がされた結果、当該社員が負担すべき損失の額が当該社員の出資の価額を超えるときには、定款に別段の定めがあるなどの特段の事情のない限り、当該社員は、当該会社に対してその超過額を支払わなければならないと解するのが相当である。このように解することが、合資会社の設立及び存続のために無限責任社員の存在が必要とされていること(同法576条3項、638条2項2号、639条2項)、各社員の出資の価額に応じた割合等により損益を各社員に分配するものとされていること(同法622条)などの合資会社の制度の仕組みに沿い、合資会社の社員間の公平にもかなうというべきである。

    前記事実関係によれば,無限責任社員であるAが本件会社を退社した当時、本件会社は債務超過の状態にあったというのであるから、退社時における計算がされた結果、Aが負担すべき損失の額がAの出資の価額を超える場合には、上記特段の事情のない限り、Aは、本件会社に対してその超過額の支払債務を負うことになる。」

と判示しました(※上記「 」内は判例をそのまま引用しております。)。

5. 検討

合資会社の社員は、退社する際、各社員に分配された損失が当該社員の出資額よりも少なければ、合資会社から持分の払戻しを受けることができます(611条1項)。そして、当該社員と合資会社の間の計算については、合資会社の財産状況に従ってなされます(同条2項)。しかし、本判決で争点となったような、合資会社が債務超過であり、各社員に分配された損失が退社する社員の出資額を超える場合の当該社員の責任ついては、会社法上定めがありませんでした。

最高裁の判断は、上記のとおり、退社する社員が負担すべき損失の額が当該社員の出資額を超えるときは、特段の事情のない限り、当該会社に対してその超過額を支払わなければならないとしました。その理由としては、①合資会社の設立及び存続のために無限責任社員の存在が必要であること、②社員の出資の価額に応じた割合等により、損益を各社員に分配するものとされていること、などの合資会社の制度の仕組みから、そのように解することが合資会社の社員間の公平にかなうためとされています。

①については、社員の一部を無限責任社員にする旨の記載が合資会社の定款の絶対的記載事項であること(576条3項)、社員の全部を有限責任社員とする定款の変更をした場合は合同会社になること(638条2項2号)、合資会社の無限責任社員が退社したことにより有限責任社員のみとなった場合は、合同会社の定款変更があったものとみなすこと(639条2項)といった条文があげられています。②については、社員間の損益分配の割合については、定款の定めがないときは、各社員の出資の価額に応じて定めること(622条1項)とする条文があげられています。

622条における損益の分配(損益が各社員の利益剰余金にどのように計算上反映されるか)は、計算書類が作成されて事業年度の損益が明らかになるごとに当然なされるものです。他方で、各社員に分配された損失は、社員が追加出資をして現実に填補する必要はなく、損失が現実化するのは、退社または清算によって社員関係が終了するときと考えられています。そのため、仮に、退社する無限責任社員が負担すべき損失が出資の価額を超過していた場合、会社に対して支払わなくてもよいことになると、退社した当該社員は自らが負担すべき当該損失を最終的に負担しなくてよいことになってしまいます。その結果、退社した社員の負担すべきであった損失は会社に残っている他の社員が負担することになります。そうすると、退社した当該社員と、残存する他の社員との間の公平が図れないことになり、結論として妥当ではありません。

本判決はこのような社員間の不公平が生じないよう、合資会社について会社法上定めがない部分について解釈により判断しました。

合資会社のように出資者の地位が持分という形で表示される持分会社は他に、合同会社や合名会社があります。持分会社のうち、無限責任社員のみで構成される合名会社についても、本判決の射程が及ぶものと考えられます。

6. 参考文献

判例時報・2456号45頁

(担当弁護士 金子典正/同 岩田貴鈴