会社法コラム

D&O保険(役員等賠償責任保険)と会社補償契約
~施行前後で確認すべきPoint~

1. はじめに

2021年3月から施行された令和元年改正会社法から、本コラムでは、いわゆるD&O保険(役員等賠償責任保険)契約と会社補償契約について扱います。
いずれも役員等に対して適切なインセンティブを付与するなどの趣旨から新たに定められたものです。

施行前の契約の確認や、施行後の更新時において確認すべきPointを含め説明します。

2. D&O保険(役員等賠償責任保険)契約

  1. 改正の趣旨
    • 役員等賠償責任保険(以下 「D&O 保険」)は本改正前から広く活用されていましたが、取締役等を被保険者とするD&O保険を会社が保険会社と締結し保険料を会社負担とすることは利益相反取引規制の適用があるなどの指摘があり、手続等の規律が定められました(会社法430条の3)。
  2. 規律の対象
    • 対象となる保険契約について、改正法は以下のとおり定め、D&O保険及びこれに準ずる保険契約が規律の対象となります。
      「役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を塡補することを約する保険契約であって、役員等を被保険者とするもの」
      (注)役員等:取締役だけでなく、会計参与、監査役、執行役、会計監査人を含みます(以下同様です)。
    • 会社の損害を補填することが主たる目的であるもの(PL保険、CGL保険等)や、役員等の職務上の義務違反による損害以外の損害を補填することを目的とするもの(自動車保険、海外旅行保険等)は、規律の対象とはなりません(施行規則115条の2)。
    • もっとも、保険の内容は多様ですので、規律の対象となるかは、主契約か特約であるかなどの外形的な事情だけでなく、経済的な機能等にも着目して解釈されるため、注意が必要です。
  3. 手続
    • 規律の対象となるD&O保険の内容を会社が決定するには、以下の決議が必要となります。
      ① 取締役会設置会社では取締役会決議
      ② 非取締役会設置会社では株主総会決議
    • 利益相反取引規制(会社法356条)は適用されません。
    • 開示手続(事業報告や株主総会参考書類の記載事項)も定められています。
  4. 施行前後の注意点
    • 施行(2021年3月)後に締結する契約に上記の手続きが必要となり、施行前に締結された契約については、本改正の規律の対象とはなりません。
    • ただし、施行前に締結された契約を、施行後に更新する場合も本改正の規律の対象となると解されますので、今後新たな契約だけでなく、更新時にも注意が必要となります。

3. 会社補償契約

  1. 改正の趣旨
    • 会社補償は一般に、役員が職務執行に関連して支出した費用や受けた損害を一定の範囲と条件のもとで会社が支払う制度をいいます。
    • 補償契約という契約を会社と役員等の間で締結して、それに基づいて補償がされる場合について、手続等の規律が新設されました(会社法430条の2)。
    • これまでも会社補償は一定の範囲で認められると考えられていたものの、許される範囲等が明らかでなかったため、安定的に利用できるよう、設けられたものです。
  2. 補償の範囲

    (a)防御費用

    • 法令違反の疑いや責任追及に係る請求に対処するために支出した費用(同条第1項第1号)をいいます。例えば、代理人弁護士費用や鑑定費用等が含まれると解されます。
    • 下記(2)の賠償金・和解金の補償と異なり、当該役員等に悪意又は重大な過失があったときでも補償の対象となります。
    • ただし、以下は補償の範囲外となります。
      -「通常要する費用の額を超える部分」(同条第2項第1号)
      - 当該役員等に図利加害目的がある場合(同条第3項)。会社は事後的な返還請求ができます。

    (b)賠償金・和解金

    • 第三者に生じた損害を賠償することや和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失(同条第1項第2号)をいいます。
    • ただし、以下は補償の範囲外となります。
      -当該役員等が会社に対して任務懈怠責任を負うこととなる部分(同条第2項第2号)
      -当該役員等に悪意又は重大な過失があったとき(同項第3号)
    • 以上が範囲外とされていることから、補償される場合は限定的と考えられます。例えば、当該役員等が職務を行うにつき、悪意又は重大な過失とはいえない程度の過失により民法709条の不法行為責任を第三者に負う場合が考えられます。
  3. 手続
    • 会社が補償契約の内容の決定をするには、以下の決議が必要となります。
      ① 取締役会設置会社では取締役会決議
      ② 非取締役会設置会社では株主総会決議
    • 補償契約に基づき補償を実行する際には、これらの決議が必要であるとはされていません。ただし、補償金額や会社の規模等によっては、補償契約に基づく補償の実行が「重要な業務執行の決定」(会社法362条4項等)に該当することはあり得ると考えられます。
    • 利益相反取引規制(会社法356条)は適用されません。
    • 補償契約に基づく補償をした取締役(執行役)及び補償を受けた取締役(執行役)は、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません。
    • 開示手続(事業報告や株主総会参考書類の記載事項)も定められています。
  4. 施行前後の注意点
    • 補償契約に関する規定は、施行後に締結された補償契約について適用されます。
    • 施行前に締結していた補償契約が無効となるわけではありませんが、施行前には補償が許される範囲が不明確であったため、安定的に利用できるよう、施行後に改めて契約することが望ましいと考えられます。
  5. 個別のアレンジ
    • 本改正は、許される会社補償の範囲等を定めたものですので、補償の範囲を限定したり、補償する要件を加重する方向での契約は、認められるものと考えられます。
    • 例えば、会社と役員等の間で協議し、金額の上限を設けたり、悪意又は重大な過失がある場合には防御費用も補償しないとすることが考えられます。また、補償契約に基づく補償を実施するには、別途取締役会決議又は株主総会決議を要するとすることなども考えられます。

4. まとめ

  • D&O保険(役員等賠償責任保険)契約及び会社補償契約とも、施行後の契約に改正法が適用されますが、施行前の契約を更新する場合にも適用される点や、施行前の会社補償契約の有効性に懸念がある場合には見直しを要する点に注意が必要となります。
  • 会社補償契約は、本改正で認められた範囲では補償の範囲が広すぎると考えられる場合、締結しないだけでなく、会社や役員等の個別の事情を踏まえて限定的な範囲の契約を締結していくことも検討してみてはいかがでしょうか。

(担当弁護士 滝口 博一