今月の判例コラム
不貞行為と離婚慰謝料(最高裁第三小法廷 平成31年2月19日判決)
1 はじめに
最高裁判所は、夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者が当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うのは、当該第三者が、単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきであって、本件については、上告人において上記特段の事情があったことはうかがわれない旨判断し、被上告人の上告人に対する離婚に伴う慰謝料請求を一部認容する判断をした第一審及び原審の判断と異なる判決(破棄自判、第一審上告人敗訴部分取消し、同部分請求棄却)を言い渡しました。
本件では、不貞相手である第三者に対する離婚に伴い発生する慰謝料請求は原則として認められず、特段の事情がある場合に限り認められるという最高裁の考えが明確化されたと考えられ、実務上、重要な意義を有する判例であることから、今回のコラムでご紹介させて頂きます。
なお、下記2でも説明しますが、本件は、不貞行為を理由とする慰謝料請求ではなく、不貞行為を原因として離婚に至ったことを理由とする慰謝料請求の可否が争点になった事案であり、不貞行為の相手方に対する慰謝料請求全般について妥当する議論ではないので、ご注意ください。
2 前提事情
そもそも、不貞相手に対する不法行為責任(慰謝料請求)については、①不貞行為それ自体による精神的苦痛に対する慰謝料と、②不貞行為を原因とする離婚という結果から生ずる精神的苦痛に対する慰謝料の2つがあると解されております。①については、不貞相手に対して不貞行為自体を理由とする慰謝料が請求された場合における被侵害利益は、「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」、すなわち、一種の人格的利益であると捉えて、慰謝料請求が認められるとする判断がなされております(最二小判昭和54年3月30日)。
他方、本件は②に関して争われた事案ですが、原告(被上告人)が①だけではなく②についても主張したのは、以下のとおり、①に係る請求権が時効により消滅している可能性が高かったからであると推察されます。
すなわち、①の不貞慰謝料の短期消滅時効については、不貞行為が継続的なものであっても、夫婦の一方が他方と第三者との不貞行為を知った時からそれまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行すると解されています(最一小判平成6年1月20日集民171号1頁、判タ854号98頁)。
本件では、原審において、最後の不貞行為は、平成22年4月末頃であり、被上告人は同年5月頃にはこのことを知ったと認定されていることから、上記平成6年最判によれば、平成22年5月頃から、原告(被上告人)が東京簡易裁判所に、被告を相手方として慰謝料請求の調停を申し立てた平成27年5月までに、すでに3年が経過しており、①に係る請求は時効によって消滅したということになります(なお、上告人は、第一審の第1回口頭弁論期日において①に係る請求権の消滅時効を援用する意思表示をしています。)。
他方で、②離婚慰謝料の短期消滅時効の起算点は、離婚時であると解されており(最二小判昭和46年7月23日民集25巻5号805頁、判タ266号174頁)、本件では、平成27年2月25日に被上告人と被上告人の妻であったAの離婚調停が成立していることから、当該請求権は消滅時効にかかっておらず、被上告人は、第三者たる不貞相手の不貞行為によって離婚をやむなくされたと主張して、②の離婚慰謝料を請求したものです。
3 本件の事実関係
平成6年3月 | 被上告人とAが婚姻 |
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被上告人は、婚姻後、Aらと同居していたが、仕事のため帰宅しないことが多かった。 | |
平成20年12月 | Aが上告人の勤務先会社に入社し、上告人とAが知り合う。 |
平成21年6月以降 | 上告人がAと不貞行為に及ぶようになった。 |
平成22年5月頃 | 被上告人が、上告人とAとの不貞関係を知った。 Aは、上告人との不貞関係を解消し、被上告人との同居を続けた。 |
平成26年4月頃 | Aは、長女が大学に進学したのを機に、被上告人と別居し、その後半年間、被上告人のもとに帰ることも、被上告人に連絡を取ることもなかった。 |
平成26年11月頃 | 被上告人が、横浜家庭裁判所川崎支部に対し、Aを相手方として、夫婦関係調整の調停を申し立てた。 |
平成27年2月25日 | 被上告人とAとの間で離婚の調停が成立 |
平成27年5月 | 被上告人が、東京簡易裁判所に対し、上告人を相手方として、慰謝料請求の調停を申し立てたが、合意に至ることなく終了した。 |
同年11月9日 | 被上告人が、本件訴訟を提起した。 |
4 最高裁の判断
最高裁は、「夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが,協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても,離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄である。」と述べた上で、
「したがって,夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は,これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても,当該夫婦の他方に対し,不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして,直ちに,当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは,当該第三者が,単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず,当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。以上によれば,夫婦の一方は,他方と不貞行為に及んだ第三者に対して,上記特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を請求することはできないものと解するのが相当である。」と判示し、
本件については、「前記事実関係等によれば,上告人は,被上告人の妻であったAと不貞行為に及んだものであるが,これが発覚した頃にAとの不貞関係は解消されており,離婚成立までの間に上記特段の事情があったことはうかがわれない。したがって,被上告人は,上告人に対し,離婚に伴う慰謝料を請求することができないというべきである。」と結論付けました。
5 検討
最高裁が述べたとおり、夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の間の多種多様な事情が複数に連鎖した結果であるといえます。そうだとすると、不貞行為の相手である第三者による、夫婦間の複数の行為のうち一部の不貞行為のみをもって、当該行為から離婚に至るまでの一連の経過における不法行為と位置付けるのは困難であるように思えます。また、婚姻の解消は、本来的には夫婦の自由意思によって決定されるものであって、離婚慰謝料の被侵害利益である「配偶者たる地位」を喪失するに至るまでには、必ず配偶者の自由意思が介在することとなります。
以上からすると、最高裁の判断のとおり、部外者である第三者が「配偶者たる地位」を直接的に侵害することは原則としてはできないものと解されます。
本件は、不貞行為を原因とする離婚に伴う慰謝料請求を一切認めないとした事案ではありませんが、相当限定的な場合にしか当該請求が認められないものと考えられます。他方、上記2で述べたとおり、不貞行為そのものについては、「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」を侵害する違法な行為であるとして、原則として慰謝料請求が認められます(上記昭和54年最判)。
以上を踏まえると、本件判例の教訓としては、請求の実効性を確保するためには、不法行為に基づく損害賠償請求は、損害及び加害者を知ったときから3年で時効によって消滅するので、3年が経過する前に、時効の中断又は停止(民法147条以下。民法改正後は時効の完成猶予又は更新)の手段を講じるべきであるという点に尽きるともいえます。
なお、本年4月1日に施行される新民法においては、消滅時効についても改正されている条文がありますが、不法行為の消滅時効については、損害及び加害者を知ったときから3年、又は不法行為のときから20年という点は現行民法と同様です(民法724条)。但し、生命・身体の損害については、特則が設けられ、損害および加害者を知ったときから5年と期間が伸長されております(新民法724条の2)。
6 最後に
当事務所は、主に企業法務を中心に扱っておりますが、企業の案件に限らず、本件判例のような離婚に係る損害賠償請求事件など、個人間の民事上の紛争解決についても豊富な経験を有する弁護士が多数在籍しております。
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