今月の判例コラム

禁反言による訴訟上の信義則違反
最高裁第二小法廷令和元年7月5日判決

1. はじめに

 最高裁判所は、原告から被告に対する金員の受領が金銭消費貸借契約に基づくものかどうかという、本件訴訟を含めた3つの訴訟で共通する事実について、各前訴で積極的にその事実を主張して勝訴判決を得た一方で、本件訴訟では一転して、同じ事実を否定して争ったという被告の態度には信義則に反する事情が強くうかがえるとして、原告による信義則違反の主張を争点とすることなく被告の主張を認めて原告を敗訴させた原判決を破棄しました。
 訴訟上の信義則違反を主張する場合に参照すべき先例として、今回のコラムでご紹介させて頂きます。

2. 事案の概要

訴訟の種類 Yの訴訟態様 結果
前訴1 建物明渡請求(売買) Y:金銭消費貸借契約を主張 X敗訴(確定)
前訴2 建物明渡請求(譲渡担保) Y:金銭消費貸借契約を主張 X敗訴(確定)
本件訴訟 貸金返還請求 Y:金銭消費貸借契約を否認 下記参照
  1. Yは、Aから、平成25年1月23日に800万円を、同年3月29日に50万円をそれぞれ受領しました(以下、これらの金員を併せて「本件金員」といいます。)。Yが所有する第1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」といいます。)について、YからAに対し、同年1月23日に同日売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記がされ、同年3月29日に同日売買を原因とする所有権移転登記がされました。
  2. Aは、平成25年6月、Yに対し、本件建物の明渡し等を求める訴え(以下「前訴1」といいます。)を提起し、同年1月23日にYを売主、Aを買主とする本件建物の売買契約を締結し、その代金として本件金員を交付したと主張しました。Yは、上記の主張事実を否認し、同日にAと締結したのは金銭消費貸借契約であり、本件金員は貸金として受領したものであると主張しました。前訴1の第1審裁判所は、平成27年5月、Aの主張する売買契約の成立を認めることはできないとしてAの建物明渡請求を棄却する判決をし、同判決は確定しました。
  3. Xは、前訴1の判決後、Yに対し、本件建物の明渡し等を求める訴え(以下「前訴2」といい、前訴1と併せて「各前訴」といいます。)を提起し、Aが平成25年1月23日にYと本件建物につき譲渡担保設定予約をし、予約完結権を行使した上、譲渡担保権を実行して本件建物をXに売却したから、Xが本件建物の所有者であると主張しました。Yは、上記の主張事実について、同日にAと締結したのは金銭消費貸借契約であると主張しつつ、譲渡担保設定予約の成立を否認しました。前訴2の第1審裁判所は、平成28年4月、Xの主張する譲渡担保設定予約の成立を認めることはできないとしてXの建物明渡請求を棄却する判決をし、同判決は確定しました。
  4. 本件訴訟において、Xは、Aが、平成25年1月23日にYと金銭消費貸借契約を締結し、貸金として本件金員を交付したと主張しました。Yは、上記の主張事実について、本件金員を受領したことは認めましたが、上記契約の成立は否認しています。これに対し、Xは、Yが同日にAと金銭消費貸借契約を締結したと主張してきたことなどの各前訴における訴訟経過に鑑みれば、本件訴訟においてYが同契約の成立を否認することは信義則に反して許されないと主張しています。

3. 争点

 裁判では、Yによる金銭消費貸借契約の否認は信義則に違反するか否かが争われました。

4. 原審の判断

 原審は、上記事実関係等の下において、Yが金銭消費貸借契約の成立の否認をすることは信義則に反するとの主張を採用せず、証拠等に基づき、Aが本件金員を本件建物の売買代金としてYに支払ったと認定し、Xの主張する金銭消費貸借契約は成立していないと判断して、Xの貸金等の支払請求を棄却しました。

5. 最高裁の判断

 最高裁は、
 「前記事実関係等によれば、Yは、前訴1において、Aの主張する本件建物の売買契約の成立を否認し、その理由として金銭消費貸借契約の成立を主張し、前訴2においても、金銭消費貸借契約の成立を主張しており、各前訴では、このような訴訟経過の下においてYに対する本件建物の明渡請求を棄却する各判決がされたものである。そこで、Xが各前訴におけるYの主張に合わせる形で金銭消費貸借契約の成立を前提として貸金等の支払を求める本件訴訟を提起したところ、Yは、一転して金銭消費貸借契約の成立を否認したというのである。各前訴の判決は確定しており、仮に、本件訴訟において上記の否認をすることが許されてXの貸金返還請求が棄却されることになれば、Yが本件金員を受領しているにもかかわらず、Xは、Yに対する本件建物の明渡請求のみならず上記貸金返還請求も認められないという不利益を被ることとなる。これらの諸事情によれば、本件訴訟において、Yが金銭消費貸借契約の成立を否認することは、信義則に反することが強くうかがわれる。なお、Xは、原審において、Yが各前訴では自らAの面前で金銭消費貸借契約書に署名押印したことや本件金員を返す予定であることを積極的かつ具体的に主張していたなどと主張しているところ、この主張に係る事情は、Yが従前の主張と矛盾する訴訟行為をしないであろうというXの信頼を高め、上記の信義則違反を基礎付け得るものといえる。

 しかるに、原審は、上記諸事情やXの上記主張があるにもかかわらず、これらの諸事情を十分考慮せず、同主張について審理判断することもなく、Yが上記の否認をすることは信義則に反するとの主張を採用しなかったものであり、この判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
 と判示し、原判決の金員支払請求に関する部分を破棄し、原審に差し戻しました。
(※上記「 」内は判例をそのまま引用しております。)。

6. 検討

 民法の根本的なルールの1つに「信義誠実の原則」(=信義則)があり、当該具体的事情の下において相手方から一般に期待される信頼を裏切ることのないように誠意をもって行動すべきという原則をいいます(民法1条2項参照)。
 上記の信義則は、民事裁判における手続についても当てはまり、民事訴訟法2条は、「裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。」と規定しています。
 上記の訴訟上に信義則をさらに具体化した原則に、「禁反言の法理」といわれるものがあり、一方の自己の言動により他方がその事実を信用し、その事実を前提として行動した他方に対し、それと矛盾した事実を主張することを禁ぜられる、とされています。

 この点、前訴で主張した事実を後訴で否認することが信義則上許されるか(=禁反言の法理に該当するか)という問題を扱った判例としては、最二小判昭48.7.20民集27巻7号890頁、判タ299号296頁(以下「昭和48年最判」といいます。)があります。昭和48年最判は、一般論として「先にある事実に基づき訴を提起し、その事実の存在を極力主張立証した者が、その後相手方から右事実の存在を前提とする別訴を提起されるや、一転して右事実の存在を否認するがごときことは、訴訟上の信義則に著しく反することはいうまでもない。」と判示したものの、当該事案では、例外事由として、①前訴での営業譲受けの主張が虚偽であり、後訴でのその否認の方が真実に合致すること、②前訴は休止満了で取下げ擬制となったことの各事情があるとして、結論的に、後訴での営業譲受けの否認は、信義則に反せず許されると判断しました。

 他方、前訴での主張に限らず、広く先行行為と矛盾する主張をすることが信義則に違反するかという問題については相当数の判例があり、それらにおいては信義則違反を肯定して当事者間の衡平を図ることを優先するか、それとも信義則違反を否定して実体的真実に反する裁判をする危険を防止することを優先するかのバランスを考慮しつつ、各事案で諸事情を総合考慮して判断がされているように見受けられます。
 そして、先行行為が前訴での主張である場合には、前訴での主張が結論をどの程度左右するものであったか、その主張を採用した判決が確定したかどうか、前訴と後訴とで主張を変えるやむを得ない理由があったかどうか等も考慮要素となるといえます。

 本件についてみると、金銭消費貸借契約の成否についての被告の主張は、前訴と本件訴訟とで完全に矛盾し、かつ、前訴での被告の勝訴判決が確定しています。
 原告は、本件訴訟において、敢えて各前訴での被告の主張に合わせる形で貸金返還請求をしているところ、仮に被告の矛盾主張を容認して原告が敗訴すれば、原告は結局何らの利益を得ることができず、原告に損害が生じ、その反射的効果として、被告がその分の利益を享受することになってしまいます。

 そこで、本判決は、これらの諸事情から本件訴訟における被告の否認が信義則に反すると強くうかがわれ、かつ、信義則違反を基礎付け得る原告の主張があるのに、これらを十分考慮し、審理判断することなく、信義則違反の主張を採用しなかった原審の判断に法令違反があるとして、原告の救済を図ったものと考えられます。
 本判決は、事例判断ではありますが、前訴で主張した事実を後訴で否認することが信義則上許されるかという問題について、類似の事例を判断するに際して一定の参考になるものと思料致します。

7. 参考文献

 判例時報2437号・21頁

(担当弁護士 金子典正/同 岡野椋介